エコチル調査でわかったこと

妊娠中のお母さんの魚摂取と生まれた子の発達の関係

 魚にはEPAやDHAとして知られるn-3系多価不飽和脂肪酸という脂肪酸が豊富に含まれております。n-3系多価不飽和脂肪酸は、脳や神経を形成するための必須の栄養素であり、近年大変注目されています。n-3系多価不飽和脂肪酸は成人のうつ気分を抑えるといった報告も多数ありますが、胎児の脳の成長においても非常に重要な栄養素です。

 これまで、妊娠中に魚を摂取すると産まれてくる子どもの神経発達に対して好影響があることが、いくつかの研究から報告されてきました。その一方で、母親の魚の摂取と子どもの神経発達には関連がないとする研究結果もあり、一致した見解が得られていないのが現状です。

 そこで今回、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)に参加する約82,000人のお母さんの妊娠中の魚の摂取量と、産まれたお子さんの発達を調査しました。解析は、魚食の量で「少ない」、「やや少ない」、「中程度」、「やや多い」、「多い」の5つにグループ分けをし、「少ない」グループと比較してほかのグループの発達状況を検討しました。

 お子さんの神経発達の指標は、生後6か月と1歳時点のASQ-3(Ages and Stages Questionnaires, Third Edition(保護者が記入する発達評価ツール))という指標を用いました。ASQ-3は「コミュニケーション」、「粗大運動」、「微細運動」、「問題解決」、「個人・社会」といった5つの領域の神経発達の状況を点数化して評価します。

 この研究では、5つの領域ごとに点数を集計し、マイナス2標準偏差以下の得点だった場合“発達が遅めである”と定義しました。

魚を拾う子供のイラスト

 その結果、「コミュニケーション」、「粗大運動」、「個人・社会」の領域は、お母さんの魚摂取量との関連は見られませんでしたが、「微細運動」、「問題解決」の領域では、魚を多く食べた群で発達が遅めになる子が少ないということがわかりました。

  1. 生後6か月での問題解決
    魚介類摂取量が「多い」グループで発達が遅めになるオッズ比が低下し、トレンド検定でも有意な関連が認められました。
    生後6か月での問題解決グラフ
  2. 生後1歳での微細運動
    魚介類摂取量が「多い」グループで発達が遅めになるオッズ比が低下し、トレンド検定でも有意な関連が認められました。
    生後1歳での微細運動グラフ
  3. 生後1歳での問題解決
    魚介類摂取量が「やや多い」と「多い」グループで発達が遅めになるオッズ比が低下し、トレンド検定でも有意な関連が認められました。
    生後1歳での問題解決グラフ

※統計的有意差あり(p<0.05)

 上記1)~3)のグラフに示した解析は、以下の13の因子で補正した結果です。母親の年齢、出産歴、出産前BMI、教育歴、世帯収入、婚姻状況、アルコール摂取状況、喫煙状況、身体活動強度、就労の有無、先天異常の有無、児の性別、妊娠中のEPA・DHAサプリ使用の有無

 また、魚に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸およびリノール酸やアラキドン酸のようなn-6系多価不飽和脂肪酸に着目した解析でも同様の傾向が認められました。しかし、両者の比をとると、n-6/n-3比が高くなると「問題解決」において発達が遅めになるオッズ比が高くなるということがわかりました。

 今回の結果より、妊娠中の魚摂取は、6か月および1歳時のいくつかの神経発達領域の遅れを抑える方向に関連していて、その要因としては多価不飽和脂肪酸の関与が考えられました。

 以上のことより、妊娠中の魚摂取はこれまでと同様にこの研究からも推奨されるといえます。ただし注意点としては、魚には程度の差こそあれ、神経発達に対して悪影響のあるメチル水銀も含まれていますので、メチル水銀を多く含む魚(特に大型魚)の摂取については、気をつけなければなりません。

 一方、今回の研究では妊娠中に臨床的に介入して影響を調べたものではありません。というのは、魚を食べている方は一般的に健康意識が高く、魚食習慣は単にそのバロメーターになっていて、ほかの健康習慣の影響があらわれている可能性があるのです。

 したがって、魚あるいはn-3系多価不飽和脂肪酸を摂っているからといって発達が遅めになりにくい、と結論づけることはできないということをご留意ください。これらをはっきりさせるためには、今後臨床的な方法をとるなど様々な角度の研究が必要になっていきます。

※この研究成果は米国の栄養医学系専門誌「The American Journal of Clinical Nutrition」に2020年8月7日付で、オンライン掲載されました。

Maternal dietary intake of fish and PUFAs and child neurodevelopment at 6 months and 1 year of age: a nationwide birth cohort - the Japan Environment and Children’s Study (JECS)

エコチル調査富山ユニットセンター
 2020年8月

ちょっと詳しく

n-3系多価不飽和脂肪酸って?

 DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などで知られる、魚由来の代表的な脂肪酸です(ω3系多価不飽和脂肪酸とも呼ばれます)。血液をサラサラにする成分として、聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 またn-3系多価不飽和脂肪酸は、脳や神経にとって大事なものであり、子どもの発育に必要といわれています。

魚を摂るにあたっての注意点

 一般的に大きな魚は小さな魚よりも、食物連鎖による濃縮により多くの水銀を含んでいます。水銀は胎児の発育に影響する可能性があり、これからママになる方は大きい魚を食べる際には量を控える方が良いようです。

 その一方で、水銀に関して”特に注意が必要でないもの”もあります。魚は、n-3系多価不飽和脂肪酸以外にも、良質なタンパク質やミネラルなどを含み、妊婦さんにとっては栄養バランスの良い食材ですので、積極的に摂っていただきたいです。

特に注意が必要でないもの
  • キハダ
  • サケ
  • イワシ
  • ブリ
  • ビンナガ
  • アジ
  • サンマ
  • カツオ
  • メジマグロ
  • サバ
  • タイ

どのくらいの摂取が良いかの目安については、
厚生労働省ホームページ内「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」などをご参照ください。

発達指標ASQ-3とは?

 本研究で扱った発達指数のASQ-3(Ages and Stages Questionnaires, Third Edition)とは、保護者の方がお子さんを観察して回答する質問票から得られる指標です。ASQ-3は、「コミュニケーション(話す、聞くなど)」、「粗大運動(立つ、歩くなど)」、「微細運動(指先で物をつかむなど)」、「問題解決(手順を考えて行動するなど)」、「個人・社会(他人とのやり取りに関する行動など)」の5つの領域について各年齢時での発達の度合いを評価します。

 本研究では、5つの領域ごとに点数を集計し、-2標準偏差以下の得点だった場合“発達が遅めである”と定義しました。しかし、この遅れが何らかの病気と結びついているかは明らかになっていません。

オッズ比とは?

 オッズとは、ある現象の起こりやすさを、ある現象が起こる回数(人数)÷ある現象が起こらない回数(人数)として表した値であり、オッズ比とは、この値の比のことです。
 本研究では、魚を食べる量が「少ない」グループのオッズを基準(1)とすると、ほかのグループでは「発達が遅め」の子の出現しやすさが「何倍(いくつ)」になるかを示すために使っています。

 各グループのグラフ上に示された値(=オッズ比)が、1より大きいと起こりやすい、1より小さいと起こりにくいと言えます。

トレンド検定とは?

 本研究で観察された結果が、直線的にだんだん大きく、またはだんだん小さくなるというトレンド(傾向)にあるかどうかを、統計的に調べる方法です。本研究ではトレンド検定により算出された値(p)が0.05未満であると、魚を食べる量が多いグループに向かってオッズ比が直線的に下がっている傾向があると言えます。