エコチル調査でわかったこと

妊婦の血中カドミウム濃度と児の出生時体格の関連について:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)での研究成果

 赤ちゃんは、一定の期間をお母さんのお腹の中で過ごし、十分に成長してから出生します。しかし、十分に成長できず⼩さな体格で⽣まれると、小児期の疾患や成人になってから慢性疾患にかかるリスクが⾼くなることが指摘されています。そのため、お母さんの体内で赤ちゃんの成⻑に悪影響を与える要因について調べる研究は非常に重要です。
 母親のカドミウム曝露と赤ちゃんの胎児期の成長との関連については、これまで主に海外で調査が行われていました。その中では、妊娠中の⺟親の⾎中カドミウム濃度が高いと出⽣体重が減少する、あるいはSGA児の出生が多くなるという報告がありました。しかし、調査によって結果が異なっており、より精度の高い研究が求められていました。

 解析には、平成28(2016)年4月固定「出産時全固定データ(新生児の情報)」及び平成29(2017)年4月に固定された金属類第一次固定データ(妊婦2万人に関する金属類の血中濃度)を使用し、そのうち17,584人の妊婦の⾎中カドミウム濃度と、その妊婦から生まれた新⽣児の出⽣時の体重、⾝⻑、頭囲、胸囲との関連について解析を⾏いました。また、SGA児の出生割合の解析も行いました。
 解析には、妊娠中に⾎中カドミウム濃度を測定した⺟親と双⼦や三つ⼦ではない単胎の新⽣児17,584組からの情報を使⽤しました。赤ちゃんの出⽣時の体格は、お母さん自身の年齢、体格、妊娠中の栄養摂取の状況など複数の要因が関連して決まると考えられます。そこで、赤ちゃんの体格に影響を与えると考えられる複数の要因も同時に検討し、統計学的な⼿法を⽤いてそれらの影響を取り除く分析を実施しました。

  1. 妊婦の⾎中カドミウム濃度
     ⽇本国内の妊婦17,584⼈について妊娠中後期に採血を行い、血中カドミウム濃度をICP-MS法にて測定を⾏ったところ、⾎中カドミウム濃度は0.11〜4.73 μg/L(中央値0.66 μg/L)でした。本研究では、濃度別に4つのグループ(濃度の最も低いグループをQ1として濃度別にQ4までに分類)に分けて出生時体格との検討を行いました(表1)。これまでの海外の研究からは、男児より女児のほうが影響が出やすいという報告があったため、性別に分けて解析を行いました。また、カドミウムの影響は、妊娠時期により異なる可能性があります。そのため、血中カドミウム濃度を測定した時期別に、妊娠中期(14〜27週)と妊娠後期(28〜40週)に分けた解析も⾏いました。

    表1  分析に用いた妊娠中の血中カドミウム濃度別グループ
  2. 妊婦の⾎中カドミウム濃度と出生児体格の関係
     血中カドミウム濃度が最も低いグループ(Q1)と比べ より濃度が高いQ2、Q3、Q4において、出生体重、身長、胸囲、頭囲の平均値に差があるかを検討しました。その結果、出生体重の平均値は、Q1と比べ、Q3,Q4では減少する傾向が見られました(図1)。性別や採血時期に分けた検討では、男児においては、いずれの採血時期においても、Q1と比べ より濃度が高いグループの間で出生体重、身長、胸囲、頭囲に何らかの傾向は認められませんでした。しかし、女児において、妊娠後期に血中カドミウム濃度を測定したグループに関しては、Q1と比べ最も濃度が高いグループ(Q4)で出生体重と胸囲の減少が認められました。

    図1:母親の血中カドミウム濃度別に見た出生児体重(男児・女児の合計の平均)
    血中カドミウム濃度別の出生時体重の平均値を示している。このグラフは男児と女児を合わせて計算した平均値を示している。

  3. 妊婦の⾎中カドミウム濃度とSGA児出生リスクの関係
     今回は、SGAの判定に、日本小児科学会が日本国内の出生児の体重をもとに算出し、2014年に発表した基準値を用いました。この分析では、帝王切開で生まれた子を除いた13,969組の母子を検討しました。
     その結果、男児においては、妊娠中期、妊娠後期ともに、Q1と比べ より濃度が高いグループの間でSGA児が生まれるリスクに差はありませんでした(図2-1, 図2-2)。しかし、女児において、妊娠後期にカドミウム濃度を測定したグループに関しては、Q1と比べQ4でSGA児が1.9倍多く生まれました(図2-4)。一方、女児においても、妊娠中期にカドミウム濃度を測定したグループでは、濃度が高いグループでもSGA児が生まれる割合が上昇するわけではありませんでした(図2-3)。

    図2:母親の血中カドミウム濃度別に見た出生児がSGAとなる割合のQ1に対する比

 血中カドミウム濃度が最も低いQ1とより濃度が高いグループとを比較したとき、SGA児が生まれる割合の比を示した図。1)妊娠中期に採血したグループの男児、2)妊娠後期に採血したグループの男児、3)妊娠中期に採血したグループの女児では、Q1と比較してより濃度が高いQ2、Q3、Q4のいずれもSGA児が生まれる割合に差はなかった。一方、4)妊娠後期に採血したグループの女児では、Q1と比較して最も血中カドミウム濃度が高いQ4で、約1.9倍SGA児が生まれる割合が高かった。

 本研究では、妊娠後期(28週以降)の⾎中カドミウム濃度が⾼値の場合に、低値の場合と比較して、女児の出⽣時体重と胸囲が減少し、SGA児が⽣まれる割合が⾼くなることが⽰されました。この結果から、「妊娠後期の血中カドミウム濃度量が高いと胎児の成⻑が抑制される可能性」が示唆されますが、この報告から直ちに妊娠中の体内カドミウムの影響を断言できるものではありません。
 本研究では、⾎中カドミウム濃度差、男⼥差、採血した妊娠期による差が観察されましたが、その理由は明らかではありません。今回の解析では、赤ちゃんの体格に関連する複数の項目を考慮しましたが、喫煙や飲酒といった項目は母親の質問票の回答から得ており客観的なデータではありません。また、カドミウム以外の化学物質濃度や遺伝的な背景については考慮できていません。さらに、カドミウムを測定した採血の時期を、妊娠中期、妊娠後期と区別しましたが、いずれかで測った人をグループ化したのみで、両時期で測定した経時的な変化を考慮したわけではありません。
 以上のようなことから、本研究から示唆された「妊娠後期に体内カドミウム量が多いと胎児の成⻑が抑制される可能性」を明確にするためには、今後さらに別の検討を行って確かめていく必要があります。しかしながら、これまでの研究より多い17,584組の母子で確認できた点、カドミウム濃度の採血時期を明確にして確認した点で、これまでの研究より精度が高い報告といえます。
 エコチル調査では、引き続き環境因⼦、社会経済的因⼦、遺伝的要因について調査し、子どもの発育や健康に影響を与える要因を検討していきます。

 この研究成果は、令和2年9月20日付で環境保健の国際専門誌である「Environmental Research」に掲載されました。

Inadera H, et al. Association of blood cadmium levels in pregnant women with infant birth size and small for gestational age infants: The Japan Environment and Children’s study. Environmental Research 191 (2020) 110007

エコチル調査富山ユニットセンター
 2020年10月

ちょっと詳しく

SGAとは?

 small-for-gestational-ageの略で、新⽣児の出⽣体重が、在胎週数に⾒合う標準的な出⽣体重に⽐べて⼩さい状態を指します。在胎週数毎のグループで100⼈中⼩さいほうから10番⽬以内に⼊る場合にSGAとみなされます。

ICP-MS法とは?

 誘導結合プラズマ質量分析法(Inductively Coupled Plasma-Mass Spectrometry)の略で、調べたい物質にどのような元素が含有されているかを明らかにする目的で、プラズマのエネルギーを照射し含有されている元素(原子)を励起させて計測する方法です。励起された元素の質量より、元素の種類を識別します。

中央値とは?

 50%の⼈がそれ以下となり、残りの50%の⼈がそれ以上になる値です。

95%信頼区間とは?

 調査の精度を表す指標で、精度が⾼ければ狭い範囲に、低ければ広い範囲となります。