田村了以, 上野照子, 小野武年. 覚醒下ラット島皮質の味覚応答特性.日本味と匂学会誌 15: 337-340, 2008.査読有

 

目的

舌の味蕾で感受された味覚情報は、鼓索神経、舌咽神経などの末梢神経を介して味覚の第一次中継核である延髄孤束核へ送られる1)。ラットでは、この情報はさらに、橋結合腕傍核、視床後腹内側核小細胞部へと順次送られて処理され、最終的に大脳皮質味覚領野に到達し味としての知覚が生じると考えられる1)。味知覚の神経機構に関する研究の多くは、末梢神経、延髄孤束核および橋結合腕傍核を対象としており、視床後腹内側核小細胞部や大脳皮質味覚領野を対象としたものは少ない。また従来、味覚情報処理機構の研究では、覚醒している動物を使用することが重要であると指摘されてきたが、覚醒下のラットを用いた大脳皮質味覚領野に関するニューロンレベルの研究はほとんどないのが現状である。本研究の目的は、この最高位中枢である大脳皮質味覚領野における味覚情報の表現様式を、覚醒下ラットを用いたニューロンレベルの研究で明らかにすることである。

 

方法

ラットをペントバルビタール麻酔下(35 mg/kgip)で脳定位固定装置に固定し、頭蓋骨上に慢性実験頭部無痛固定用特殊アダプターを装着するためのホルダーをビスと歯科用セメントにより形成した2)。また同時に、味覚溶液注入用の口腔内カテーテルの留置も行った。手術から回復後、ラットに飲水制限を施し、頭部を脳定位固定装置に固定した状態で、口腔内カテーテルから注入した水や溶液を摂取することを訓練した。

覚醒下での記録時には、訓練時と同様に飲水制限条件においたラットの島皮質(大脳皮質味覚領野)にガラス被覆タングステン電極を刺入し、徐々に電極を深部へと進めながら神経活動を記録した。単一ニューロン活動に分離可能な記録が得られたら、その位置で電極を止め、口腔内カテーテルから水や味覚溶液を注入し、これら液体摂取時の活動変化(応答)を記録・解析した。なお、味覚溶液は、甘味として0.3 M 蔗糖溶液、塩味として0.1 M食塩水、酸味として0.001 Mクエン酸溶液、および苦味として0.0001M塩酸キニーネ溶液を用いた3,4)

 

結果

)記録ニューロン数および応答ニューロンの分類:覚醒下ラットの島皮質から総数45個のニューロン活動を記録し、その内22個(48.9%)が味覚応答を示した(味覚応答ニューロン)。これら味覚応答ニューロンは、最も強く応答する味覚溶液の種類より、食塩ベストニューロン(7個)、蔗糖ベストニューロン(6個)、クエン酸ベストニューロン(5個)、および塩酸キニーネベストニューロン(4個)に分類できた。また、45個の中には水に選択的に応答するニューロンや味覚刺激後の洗浄時に特異的に応答するニューロンもあった。

 

)味覚応答ニューロンの実例と味覚応答ニューロン群の応答プロファイル: 1には、食塩ベストニューロンの応答例を示してある。このニューロンの活動は、ラットに水を与えても殆どは変化しないが(Water)、食塩水(NaCl)やグルタミン酸ナトリウム溶液(MSG)を与えると急激に増加した。蔗糖(Sucrose)、クエン酸(Citric Acid)および塩酸キニーネ(QHCl)の各溶液を与えた場合は、投与直後にわずかに活動が増加したが、蔗糖溶液やクエン酸溶液ではその後活動の抑制される期間も観察された。

2には、今回記録した22個の味覚応答ニューロンの各味覚溶液への応答強度(味覚刺激後5秒間の平均放電頻度-水投与後5秒間の平均放電頻度)、水への応答強度(水投与後5秒間の平均放電頻度-水投与前2秒間の平均自発放電頻度)および自発放電頻度をヒストグラムとして示してある。この図では左からそれぞれ、食塩、蔗糖、クエン酸、塩酸キニーネの各ベストニューロン群ごとに並べてあり、またこれら各ベストニューロン群内では応答性の強いものほど左に来るように並べてある。全体的な傾向として食塩ベストニューロンと塩酸キニーネベストニューロンでは最適味覚刺激(それぞれ、食塩水と塩酸キニーネ溶液)以外の味覚刺激にはあまり応答しないが、蔗糖ベストニューロンでは蔗糖溶液への応答とクエン酸溶液への応答が比較的似ており、また、クエン酸ベストニューロンでは、食塩水以外の溶液(蔗糖、クエン酸、塩酸キニーネの各溶液)で応答が比較的よく似ていた。

 

考察

本研究では、覚醒・行動下ラットの島皮質における味覚情報の表現様式を解析した。延髄孤束核、橋結合腕傍核、視床後腹内側核小細胞部などの味覚領域では、比較的深いネンブタール麻酔下でも味覚誘発反応を記録できるのに対して、島皮質ではネンブタール麻酔下では明瞭な味覚誘発反応をほとんど記録できない。そのため、島皮質における味覚誘発反応の記録では、従来、ウレタン5-7)やα-クロラロース8)など応答抑制のあまり強くないとされる麻酔薬が使用されてきた。しかしこれらの麻酔薬でも、少し麻酔深度が深くなると味覚誘発反応は殆ど記録できなくなる(未発表データ)。これに対して本研究で用いた覚醒下ラットでは、麻酔時には記録できなかった脳定位座標ではっきりとした味覚誘発反応および味覚ニューロン応答を記録することができた。従って、島皮質における味覚情報の表現様式に関する研究では、覚醒下の動物を用いることの利点が特に大きいといえる。しかしこれは、必ずしも麻酔下の研究を否定するものではない。例えば、覚醒下では、@口腔内への味覚溶液投与のコントロールが困難である、A溶液を摂取するため満腹など溶液摂取による影響を除去できない、B長時間(2時間以上)にわたって動物を拘束することは困難であるなどの欠点もある。研究目的に従って最適な実験系を用い、麻酔下と覚醒行動下の実験のメリットを生かした研究を行うことが重要であろう。

島皮質ニューロンの味覚応答強度は、延髄孤束核3)や橋結合腕傍核4)のニューロンと比較して弱かった。過去の研究で、味覚応答強度は視床後腹内側核小細胞部のレベルですでに延髄や橋と比較すると減弱することが知られており9)、今回の結果と一致していた。このことは、情報のロバーストネスが下位の味覚中継核よりも低下することを意味しており、大脳皮質で味覚情報が損なわれないようにするためには、何らかの代償機構があると思われる。また、島皮質ニューロンの味覚応答刺激選択性は、延髄孤束核と同程度であったが、橋結合腕傍核よりは低かった。さらに、下位中継核の味覚応答は、応答強度の差はあっても、いずれの味覚溶液に対しても刺激と同時に活動が上昇し時間とともに活動低下するという比較的一律な時間経過のパターンを取る傾向がある5,6)。これに対して、島皮質ニューロンは、図1にも示したように、味覚刺激の種類により活動の経時変化(興奮/抑制パターン)が異なる傾向があり、従って島皮質では味覚情報が平均発火率ばかりでなくスパイクタイミングとしても符号化されている可能性がある。これらの事実は、味覚情報処理が階層的に進み、高次領域ほどより複雑な味覚特徴が表現されていることを反映しているのかもしれない。

 

文献

1) Lundy RF and Norgren R: Gustatory system. In The Rat Nervous System. Paxinos G (ed), Elsevier Academic Press, San Diego, pp. 890-921 (2004)

2) Norgren R, Nishijo H and Travers SP: Taste responses from the entire gustatory apparatus. Ann. N.Y. Acad. Sci. 575: 246-263 (1989)

3) Nakamura K and Norgren R: Gustatory responses of neurons in the nucleus of the solitary tract of behaving rats. J. Neurophysiol. 66: 1232-1248 (1991)

4) Nishijo H and Norgren R: Responses from parabrachial gustatory neurons in behaving rats. J. Neurophysiol. 63: 707-724 (1990)

5) Yamamoto T, Yuyama N, Kato T and Kawamura Y: Gustatory responses of cortical neurons in rats. I. Response characteristics. J. Neurophysiol. 51: 616-635 (1984)

6) Ogawa H, Ito S, Murayama N and Hasegawa K: Taste area in granular and dysgranular insular cortices in the rat identified by stimulation of the entire oral cavity. Neurosci. Res. 9: 196-201 (1990)

7) Kosar E, Grill HJ and Norgren R: Gustatory cortex in the rat. I. Physiological properties and cytoarchitecture. Brain Res. 379: 329-341 (1986)

8) Cechetto DF and Saper CB: Evidence for a viscerotopic sensory representation in the cortex and thalamus in the rat. J. Comp. Neurol. 262: 27-45 (1987)

9) Norgren R: Central neural mechanisms of taste. In Handbook of Physiology - The nervous system III. Sensory Processes. Brookhart JM, Mountcastle VB, Darian-Smith I, and Geiger SR (eds), American Physiological Society Bethesda, pp.1087-1128 (1987)