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沿革概要

 昭和50年10月1日に富山医科薬科大学として開学し、昭和53年4月1日に医学部の講座増設に伴い精神神経医学講座が医学部に設置され、遠藤正臣教授、中村一郎助教授、細川邦仁助手が着任した。昭和54年10月6日に精神神経医学の系統講義が開始された。同年10月10日に附属病院が開院し、同月15日に神経科精神科の診療を開始した。昭和55年4月14日に臨床講義が開始された。同年8月1日に神経科精神科の病棟が完成し、これまでの混合病棟から専門病棟での入院治療が可能となった。昭和56年7月に神経心理学懇話会を富山市で開催(会長、遠藤教授)した。昭和60年3月に遠藤教授が逝去され、中村助教授のもと教室業務が続けられた。
 昭和61年5月1日に倉知正佳教授が就任し、教授就任講演の演題は「側頭葉と言語」であった。同年9月25日に遠藤正臣教授業績集が発行された。中村一郎助教授の石川県立高松病院への転出に伴い、後任として、昭和61年5月に倉田孝一講師が助教授に昇任した。その後、倉田助教授の石川県立高松病院への転出に伴い、平成6年10月に、国立精神・神経センター武蔵病院の齋藤治病棟医長を助教授に迎えた。平成9年11月に松井三枝助手が本学医学部心理学助教授に昇任した。その後、齋藤治助教授の武蔵病院転任に伴い、平成10年7月に鈴木道雄講師が助教授に昇任した。
 平成10年5月30日に開講20周年記念会が開催され、平成11年11月11日に記念業績集が発行された。平成13年10月に日本精神科診断学会を富山市(会長、倉知教授)で開催した。臨床を重視し、良い医師を養成することを教室の第一の目標とし、倉知、鈴木、齋藤を編者に「精神科神経科卒後研修マニュアル」を刊行(第一部は平成9年、第二部は平成12年刊)した。平成17年7月に、精神科早期診断・早期治療懇話会が設立され、世話人代表は倉知正佳が務め、事務局は精神神経医学教室におくこととなった。
 平成17年10月1日に富山大学、富山医科薬科大学、高岡短期大学が再編・統合され、(新)富山大学として開学した。また附属病院も富山大学附属病院となり、「神経内科」の設置にともない標榜科名を従来の神経科精神科から「神経精神科」に変更した。平成18年4月の大学院改組に伴い、富山大学大学院医学薬学研究部(医学)神経精神医学講座となった。なお、医学部の組織も残すことになり、医学部精神神経医学講座も存続している。平成19年3月に日本統合失調症学会を富山市(会長、倉知教授)で開催した。
 平成19年3月31日に倉知教授が定年退職し、倉知正佳教授退職記念誌が発行された。
 平成19年8月1日に鈴木道雄准教授が教授に就任した。平成19年12月1日に住吉太幹講師が准教授に就任した。
 平成20年9月11日〜13日に、第2回アジア・太平洋生物学的精神医学会(組織委員長、佐藤光源東北福祉大学教授)・第30回日本生物学的精神医学会(会長、倉知名誉教授)を富山市で開催した。
 平成22年7月1日に川ア康弘講師が、金沢医科大学教授として転出した。
 平成22年12月11日〜12日に、第14回日本精神保健・予防学会学術集会(会長、鈴木教授)を東京都千代田区で開催した。