主たる研究内容

1. 血小板由来増殖因子(PDGF)の脳における役割の解明

 PDGF は元来、間葉系の細胞に対する増殖因子として分離同定され、その後、生体の発生、創傷の治癒などに重要である事が示されている。我々は、粥状硬化症の発生病態における PDGF の重要性を研究する過程で、全く新たな事実として、同因子が正常の哺乳類の脳でもっとも豊富に発現している事を見出し、以後、 PDGF が神経賦活因子として神経系において重要な役割をはたす事を示してきた。  これまで、脳特有のあらたな PDGF-B 鎖 mRNA を発見し、様々な生理的あるいは病的状態の脳における発現調節をその受容体の発現とともに明らかにし、その意義を検討してきた。今後、これまでの結果を基に、PDGF-B の機能的側面を明らかにする方向での研究をすすめる予定である。antisense oligonucleotide 投与や expression vector 導入などによる PDGF 遺伝子発現調節、あるいは trapidil 等の PDGF 抑制剤投与等により、特に、生後の脳の発達、老化、あるいは傷害時でどのような役割をするのか、あるいは、疾患予防や神経組織再生の誘導に PDGF の投与が有用かなどについて研究を進めてゆきたいと考えている。さらに、PDGF 受容体シグナル伝達についての検討も行っている。  記憶等、高次脳機能獲得過程の機序解明、Alzheimer 病などの脳変性疾患の予防、あるいは、傷害などにより欠失した神経機能の回復などは、神経科学の今日的な最も重要な研究課題のひとつである。当該研究は、これらの、今日的な課題にたいして直接的に取り組むものであり、神経科学の分野から生物医学への貢献をめざすものである。

2. 新しく分離同定された転写調節因子 ATBF1 の機能解明

 ATBF1 は α-fetoprotein の転写調節領域に結合し、その mRNA 発現を調節する因子として近年分離された。複数の DNA 結合領域を有し、転写調節因子として作用する。ATBF1 は発達過程の脳、筋組織あるいは特定の腫瘍細胞で発現し、細胞の分化の方向を決定づける重要な役割をしている事が想定されているが, 神経における ATBF1 の標的蛋白も同定されておらず、その機能は未解明である。ATBF1 は複数のDNA結合領域とその他の種々の機能 domain をあわせ持ち、特異な構造を有する巨大分子である。これらの機能 domain の相互作用を明らかにし、その生体における発現を検索する事により、ATBF1 の役割を明らかにしたい。各々の機能 domain の recombinant protein を合成し、機能解析、および抗体作製による localization study を行っている。ATBF1 は homeodomain、zinc finger motif という 2 種類の DNA 結合 domain を複数個有する事を特徴とする転写調節因子群に類型されるものである。これらの因子はいずれも巨大分子であり、十分な機能解明はなされていない。ATBF1 の機能を解明する事はこれら一群の転写調節因子の役割を明らかにするためにも重要である。また、細胞の分化成熟の過程や、腫瘍細胞増殖機構を明らかにできるものと期待される。