原発性免疫不全症候群

原発性免疫不全症について

定義・概念

 生体を構成する正常な組織・細胞と異なる物質や細胞を排除し、生体を防御する機構を免疫系という。この生体防御機構が破綻した状態を免疫不全症といい、種々の微生物による反復感染や感染の長期化を招くのみならず、自己免疫疾患や悪性腫瘍の危険性も増大させる。HIVなどのウイルス感染、抗がん剤や免疫抑制剤などの薬物、栄養障害などに続発しておこるものを続発性免疫不全症といい、先天的な欠陥によっておこるものを原発性免疫不全症という。続発性の方がはるかに高頻度であるが、原疾患の病像により表現型が大きく異なり、障害される免疫系の幅が広く、かつ複雑であるため、免疫不全症を理解する上では、まず原発性免疫不全症を理解することが重要である。

分類

 免疫系は、@B細胞による液性(抗体)免疫系、AT細胞やNK細胞による細胞性免疫系、B好中球やマクロファージなどによる食細胞系、C補体系に大別され、原発性免疫不全症はそれらの欠陥細胞や分子の種類によって区別される。WHOより@複合免疫不全症、A抗体産生不全を主とする免疫不全症、B他に大きな欠陥を付随した免疫不全症、C補体欠損症、D食細胞機能異常症に分類されている。

原因・病因

 原発性免疫不全症は免疫応答に関わる分子の遺伝子異常によって生じ、機能喪失が生殖細胞段階から生じていると考えられる。X連鎖劣性または常染色体劣性遺伝形式をとるものがほとんどあるが、家族歴が明らかでない場合も多い。主な原発性免疫不全症とその責任遺伝子ならびに染色体上の局在について( )に示す。

疫学・発生率

 原発性免疫不全症は出生10万あたり2〜3人の発生頻度である。厚生労働省特定疾患「原発性免疫不全症候群」調査研究班による2003年2月12日現在の登録症例について( )に示す。わが国ではX連鎖無ガンマグロブリン血症(X-linked agammaglobulinemia;XLA)、分類不能型免疫不全症(common variable immunodeficiency;CVID)、慢性肉芽腫症(chronic granulomatous disease;CGD)が比較的多くみられる。

病態生理

 原発性免疫不全症候群においては易感染性が主たる症状であるが、感染が反復または遷延化しやすいだけでなく、重症化し致死的となる。不測の合併症または異常な表現型をとったり、健常者では問題とならないような病原性の低い菌種による感染もしばしばである。に原発性免疫不全症にみられる自他覚症状をまとめた。
 感染感受性などから欠陥部位を類推することが可能であり、例えば肺炎球菌やインフルエンザ桿菌などの侵襲力の高い細菌群による感染は主として抗体欠乏状態に認める。侵襲力が弱く日和見感染をおこす緑膿菌や大腸菌などの菌群による感染はT細胞系不全を示す重症複合免疫不全症(severe combined immunodeficiency;SCID)やWiskott-Aldrich症候群(Wiskott-Aldrich syndrome;WAS)でしばしば認め、殺菌能不全を示すCGDでもしばしば認められる。カンジダなどの真菌類、サイトメガロウイルスなどのヘルペスウイルス属の重症感染、カリニ肺炎は主にT細胞に欠陥のある免疫不全症で高頻度である。ナイセリア属による感染は補体欠損症で多く発症する。

検査成績

 易感染性の存在より免疫不全症が疑われたときに行なう検査として、白血球数(好中球、リンパ球)、血清免疫グロブリン値(IgG、IgA、IgM)、T細胞数(CD3陽性リンパ球数)、B細胞数(CD19/CD20陽性リンパ球数)、PHA(phytohemagglutinin)刺激に対するリンパ球増殖反応、遅延型皮膚過敏反応、血清補体価(CH50)などを調べる。好中球数1000/ml以下、免疫グロブリン値が年齢相応の基準値の50%以下(IgG 200mg/dl、IgA 5mg/dl以下は明らかな異常)、T細胞数50%以下、B細胞数5%以下、PHAリンパ球増殖反応の明らかな低下、CH50値が測定限界以下の場合には異常を考える。血清IgG値が正常にも関わらず、肺炎球菌・インフルエンザ桿菌による肺炎・中耳炎を反復している場合には選択的IgGサブクラス欠損症を疑い、IgGサブクラスを測定する。好中球ならびに血清免疫グロブリン値に異常がないが、化膿性皮膚感染症を反復している場合には食細胞機能異常症を考え、好中球の殺菌能、NBT(nitroblue tetrazolium)還元能、活性酸素産生能などを調べる。

診断

 上記の検査によりある程度それぞれの細胞の機能不全や分子不全などを推定することが可能であり、特徴的な症状より臨床診断可能な症候群も存在する。例えば易感染性に加えて血小板減少、難治性湿疹を伴った男児例ではWASが考えられ、進行性の小脳性運動失調、眼球結膜などの毛細血管拡張を伴う場合にはataxia-telangiectasiaが考えられる。またテタニー、心血管奇形および低耳介、両眼隔離、小顎症などの特異顔貌を認めた場合にはDiGeorge症候群が疑われる。ほとんどの疾患では責任遺伝子が同定されており( )、確定診断のためには遺伝子解析が必要であり、専門施設に依頼する。また一部では欠陥分子に対するモノクローナル抗体を利用してフローサイトメトリーやウエスタンブロット法による診断も有用である。

合併症

 原発性免疫不全症ではアレルギーや自己免疫疾患の合併が多く認められ、例えばCVIDでは悪性貧血、溶血性貧血、特発性血小板減少症、自己免疫性肝炎などの種々の自己免疫疾患の合併が認められる。またリンパ網内系腫瘍などの悪性腫瘍の合併も多く、健常人の100倍以上の危険率と想定されている。特にataxia telangiectasia、CVID、WASでは高頻度で悪性腫瘍を合併する。

経過・予後

 SCIDでは骨髄移植などにより免疫能が回復しない限り、感染症で生後1〜2年内に死亡する。近年は原発性免疫不全症も早期診断され、積極的な治療が行われ、生命予後は改善し、成人にキャリーオーバーする例も増えてきた。遺伝子解析などの診断法の進歩により非典型的な成人発症例も散見される。しかし成人例では慢性呼吸器感染症や悪性腫瘍の合併が問題となっている。

治療・予防

 原発性免疫不全症では感染症が致死的となることがあるため感染症ならびに起因微生物を迅速かつ正確に診断し、適切な抗菌剤を投与する。ST合剤の予防内服も有用である。複合免疫不全症や抗体産生不全症では定期的なγグロブリン置換療法が行われる。静注用γグロブリン製剤に含まれるIgGの半減期は約3週間であり、3〜4週間毎に200〜400mg/kgを投与し、投与前のIgG値(trough level)を400mg/dl前後に維持する。しかし感染のコントロール具合に応じて投与量、trough levelは適宜増減する。γグロブリン製剤の投与によりアナフィラキシー、発熱、発疹、無菌性髄膜炎などの副反応がみられることがある。副反応がみられた場合には投与速度を遅くしたり、製剤の変更、ロットの変更などを考慮する。
 原発性免疫不全症の多くで骨髄移植が行われ、なかでもSCIDでは骨髄移植のよい適応である。SCIDでT細胞機能が完全に廃絶している場合には移植前処置は不要であり、その他の疾患では前処置が必要である。同胞にドナーがいない場合には家族からのT細胞除去骨髄移植、非血縁者間骨髄移植、臍帯血幹細胞移植などさまざまなドナーによる移植が行われている。
 一部の疾患ではサイトカイン療法も行われ、インターロイキン2(IL-2)は一部の重症複合免疫不全症やT細胞機能異常症で有用である。インターフェロン-γ(IFN-γ)はCGDに対して感染症の減少効果がある。好中球減少に対してはG-CSF製剤投与が有効である。
 アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症では欠損酵素の補充療法が有用なことがある。また患者リンパ球にレトロウイルスを使って正常なADA遺伝子を導入し、生体内に戻す遺伝子治療もADA欠損症に対して行われ一部では成功している。
HLA一致同胞の存在しないX連鎖SCIDに対して正常なrc鎖を遺伝子導入したCD34陽性幹細胞による遺伝子治療も行われている。
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