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「てんかんの症状と治療」 目次

1)てんかんとは
2)てんかんの発作症状
3)てんかんの治療
4)てんかん発作時・発作間欠時の対応
5)小児てんかんの予後


1)てんかんとは
A:てんかんの定義(H.Gastaut 1973 WHO)
 An epileptic seizures is the result of transient dysfunction of part or all of the brain due to excessive discharge of a hyperexcitable population of neurons, causing sudden and transitory phenomena of motor, sensory, autonomic or psychic nature. Epilepsy is defined as a chronic brain disorder of various aetiologies characterized by recurrent seizures.
・下線部が重要:神経細胞のあるグループが異常興奮して起こる、一過性の障害であって、反復する発作を特徴とする(1回だけの発作はてんかんとは言えない)。
・日本人のてんかん発生頻度は 0.9% とされており、稀な病気ではない。

B:てんかんの発現機序(現在も不明の点が多い)
・脳には興奮系と抑制系神経細胞が存在するが、てんかんは興奮系神経細胞の異常興奮で起こる。
・興奮系神経細胞のシナプス伝達前の抑制障害が原因として有力。
・発作を繰り返すと、その経路が興奮し易くなる。一種の学習効果がある。
・抗痙攣剤の殆どは抑制系神経伝達物質(GABA)を増強させるものである。興奮系を抑制する抗痙攣剤の開発が望まれる(Lamotorigine etc:現在治験中)。
・てんかんの一部では、遺伝的素因の関与が示唆されており、遺伝子異常が判明したものもある(イオンチャンネル異常?)。

2)てんかんの発作症状
A:てんかん発作型分類
脳は全ての活動をプログラム・コントロールしている。その為、脳の一部または全体の異常興奮によって生ずるてんかんの発作症状は極めて多彩で全ての活動におよぶ。発作症状はてんかんが発生する脳の部位および広がりによって異なり、その部位がつかさどる機能(例:後頭部であると視覚機能)の症状が前面に出る。しかし、通常の活動とは明らかに区別出来きる(通常の活動が途切れる)エピソードであり、且つ発作性に出現することが特徴である。
<てんかんの発作型分類>
・国際てんかん連盟は1981年に臨床症状の詳細な検討と脳波所見を参考にてんかん発作国際分類を作成した。以後は全てのてんかん発作をこの分類に従って診断することになっている(左表1)。
・脳の一部から発生する部分発作と脳全体が興奮する全般発作に大別される。
・てんかん発作型によって有効な抗痙攣剤が異なる(部分発作:テグレトール,全般発作:デパケン)。従って、発作症状の診断は重要でありてんかん治療の第一歩である。
・発作症状をありのまま医師に伝えることが重要。子供のことを良く見たい気持ちは解るが、「軽い発作だった」「意識はあったようだ」など、不明瞭な表現は誤診につながる。
・医師が発作を目撃するチャンスは極めて少ない。従って、家人特に母からの情報が唯一の診断根拠となることも少なくない。
<良い観察の例>
◎例1:「朝食中、急に箸を止め、目が左側に寄った(顔もやや左を向いていた)、呼びかけに反応したが、すぐに反応がなくなり、右手右足を固くして、椅子から崩れ落ちた。全身を硬直させ、その後ビクンビクンさせた。しかし、発作は1分以内で終わり、すぐに元に戻った。」‥‥前頭葉起始の二次性全般化発作(表のPA1→Ba→C)
◎例2:「夕食後、急に吐く。顔色は蒼白で呼びかけに反応はするが朦朧としていた。その内に口をペチャペチャさせた。3分位経過して発作は終了したが、その後30分位何となくボーとしていた。」‥‥側頭葉起始の複雑部分発作(表のPA3を有するBb)
◎例3:「テレビ視聴時に、呼びかけても反応しないことに気づいた。顔色などの変化はなく倒れたりもしない。数秒で終わりそれまでと全く変わらない状態になる(本人も気づいていない)。よく観察すると1日に何回もある。」‥‥定型欠神発作(表のGA1)
◎例4:「突然バタンと倒れ、全身を硬直させた(眼球上転、チアノーゼ、呼吸停止)。1分後から全身をビクンビクンさせる発作になり、全部で5分間で終了した(口から泡をふいた)。その後1時間ほど昏々と眠った。覚醒後、本人は全く覚えていない。」‥‥全般性強直間代性痙攣(表のGE;てんかん発作の代表のように思われている大発作)
・この様に、@発作の始まりの症状,発作時の状況、A発作経過,発展様式,発作時間、B発作後の症状を順に話してもらうと、てんかんの発生部位とその広がりが明瞭に把握できる。
・正確な発作型診断が出来ればてんかん診療の約半分は終わったと言っても過言ではない。

B:てんかん症候群分類
・てんかんの分類は以前からあったが研究者によってまちまちであった。そこで、国際てんかん連盟では、統一を目指して 1970年代から検討を開始し 1986年に原案を作成し、1989年に現在の症候群分類が完成した。以後は全ての症例をこの分類に従って診断・治療することになった。
・以下の順に分類する(2分法)
1、発作型: 1) 部分発作を有する、局在関連性または部分てんかん
       2) 全般発作を有する、全般てんかん
       3) 部分+全般発作または不明発作を有する、分類不能てんかん
2、器質病変:1) 原因を認めない、特発性てんかん(遺伝的素因などが関与)
       2) 精神遅滞などの原因を認める、症候性てんかん
       3) 原因はありそうだが発見出来ない、潜因性てんかん

3、発症年齢および予後に従って細分類する
・現在約40種類のてんかん症候群が分類されている(左表2)。
・症候群分類をすることで予後の判定や包括的な治療法の選択に有用な情報が得られる。







C:てんかんと年齢因子
・小児の中枢神経系(脳)は急速な発達を示す(参照:
発達障害児の療育)。小児てんかんの多くはこの脳の発達に伴って特徴的な発症や経過を示す。従って、てんかんを一種の発達障害であると考えることも出来る。

・Dr. 大田原の有名な説:年齢によって痙攣準備性(起こし易さ)が異なり、発症するてんかんが決まっており、さらに、脳波も特徴的なパターンを呈する(左図1)。









・てんかんの発症は脳が急俊な発達を示す時期に一致することが多い。そして、治療が奏効すると脳が次の発達段階になる頃までに治癒することが多い(左図2)。
その為、小児てんかんの臨床では年齢は極めて重要な因子となる。
1、乳児期発症:良性乳児痙攣,West 症候群,Lennox-Gastaut 症候群,重症乳児ミオクロニーてんかん,熱性痙攣など‥‥治療が奏効すれば学童期までに治癒
2、学童期発症:小児欠神てんかん,特発性局在関連性てんかん(BECT, CEOP),大発作,多くの症候性局在関連性てんかんなど‥‥治療が奏効すれば思春期までに治癒
3、思春期発症:若年欠神てんかん,若年ミオクロニーてんかん,覚醒時大発作型てんかんなど‥‥治療が奏効すれば成人期までに治癒

3)てんかんの治療
A:抗痙攣剤療法
・てんかん外科治療などが進歩したといえ、抗痙攣剤療法はてんかん治療の中心であることは間違いない(多分 95%以上を占める)。
・抗痙攣剤は字の如く痙攣が起こるのを抑える薬であり、てんかんそのものを治す薬ではない。長期間発作を抑制することで、てんかん性興奮が起こらなくなるのを待つ治療法である。
・現在使用されている抗痙攣剤は、1)抑制系神経伝達物質(GABA)の効果を増強させるもの、
2)神経細胞(受容体)に結合し神経細胞を安定化するもの、
3)神経細胞の電解質等の出入りに関係するもの、などに分類される。

<薬剤の選択>
・前述した如くてんかんの発作型によって有効薬剤が異なる。
1、部分発作:@テグレトール Carbamazepin (CBZ),Aアレビアチン Phenytoin (PHT),Bエクセグラン Zonisamide (ZNS)
2、全般発作:@デパケン Valproic acid (VPA),Aクロナゼパム Clonazepam (CZP),Bアレビアチン Phenytoin (PHT)
3、強直スパスムスなど:@クロナゼパム Clonazepam (CZP),Aデパケン Valproic acid (VPA),Bエクセグラン Zonisamide (ZNS),C特殊療法(ACTH など)

<抗痙攣剤の恒常状態>
・抗痙攣剤は半減期が長く一度体内に入ると排泄までに長時間かかる。その為、内服を続けることで血液中の濃度が24時間ほぼ一定になる(恒常状態)。この恒常状態は重要であり、”いつ起こるかわからない痙攣を抑制する”という点で理にかなっている。
・怠薬(勝手に薬剤を止めること)すると、抗痙攣剤の血中濃度が急速に低下し痙攣(重積)を起こす危険性があるので注意。

<抗痙攣剤の副作用>
・眠気,フラツキ,発疹,肝機能障害,血液検査異常など色々のものがある。しかし、長期間内服する必要がある薬剤であるが故に、副作用が少ないように作られている(一生飲み続けても大丈夫)。内服中は定期的に採血して副作用のチェックを行う。
・副作用のことは医師にまかせて欲しい。心配するあまり処方された量を勝手に調節しないこと。

<内服期間・治療中止基準>
・どれ程の期間発作が抑制されれば抗痙攣剤を中止するのか?てんかんの完治は何で判定するのか?については、未だ不明の点が多い。その為、各施設で治療中止基準はまちまちである。
・欧米では発作抑制期間2年で治療を中止するとの報告が多いが、中止後の再発率は25%と高い。一方、日本ではより長期間の投与を行う傾向が強く、かつ脳波所見の正常化を基準に加える施設が多い。脳波所見については議論の多い所であるが、中止後の再発とは関連がないとする報告が多く、中止基準から外す方向になってきている。

◎当科における治療中止基準(左図3)
1、最終発作から3年を経過した症例
2、中止決定時点で脳波所見が明らかな悪化を認めない症例(てんかん波が残存していても可)
3、本人および家族の承諾が得られた症例
*1剤ずつ3〜6カ月間かけてゆっくり漸減中止する。
・この基準に従い既に約600例(5年以上治療した患者の約70%)で抗痙攣剤療法を中止した。中止後の再発率は 13.5%で、ほぼ満足できる結果を得ている。しかし、てんかん症候群間で再発率が明らかに異なっており、今後は症候群別または前記した年齢因子などを考慮した中止基準の改良を行う必要があると考えている。

B:その他の治療
抗痙攣剤以外の特殊薬剤療法・ケトン食療法などがあるが、ここでは省略する。その他。外科的治療は近年脚光を浴びているが、適応となるてんかんは限定される(いずれこのページで紹介する)。

4)てんかん発作時・発作間欠時の対応
A:発作時の対応
・てんかん発作は誰が(例え医者であっても)直面しても驚くものである。「慌てない」「怖がらない」「過度の刺激をしない」が原則である。
・発作の多い例では、普段から発作時の対応についてシュミレーションしておくことを勧めたい。

<対応手順>
1、発作であることの確認,周囲の危険物からの保護
・てんかん発作はそれまでの活動と明らかに区別できる不随意性(自分で止められない)のエピソードであり、発作の確認は比較的容易である。
・運動性の痙攣では、発作による外傷などの危険から保護する(周囲の危険物を除去)。また、衣服をゆるめるなども必要である。
2、発作症状の観察(5分間)
・前記した如く発作症状の観察は診断・治療上重要である。発作起始部の症状・発作の経過・発作後の状況を冷静に観察する。意識レベル,顔(特に目)の表情,四肢体幹の動き硬さなど‥‥。
・発作時に口腔内に物を入れない(舌を噛むことは少ない)。背中を叩くなど過度の刺激をしない。口に分泌物(泡,涎など)があれば拭き取る。
・発作のみで生命的危機に至ることはないので慌てない。
3、@5分以内で発作が終了した場合
・発作終了時に顔を横に向け、口腔内の分泌物を排泄させる(多くの発作では分泌物が増加する)。
・発作後の意識状態(朦朧状態が続くこともある),麻痺の有無(Todd's 麻痺)などをチェックする。
・後睡眠に入った場合はそのまま眠らせ、覚醒後は普通活動に戻す。発作後速やかに覚醒した場合は本人の活動性にまかせる。発作群発傾向を有する例を除き、むりやり安静をとらせる(学校を休ませるなど)必要はない。
A5分以上発作が持続する場合
・全身痙攣が5分を経過しても止まりそうにない場合は、最寄りの医療施設に連絡し救急外来を受診する。痙攣を止めてくれる施設をあらかじめ把握しておくことは重要。
・状況にもよるが、殆どの場合は救急車を呼ぶ必要はなく、自家用車で充分である(慌てないこと)。
・全身痙攣が止まっても、意識がなかなか戻らない,呼吸が安定しないなどの場合には救急外来を受診すること。

B:発作間欠時の対応
・てんかんは発作性の疾患であり、発作間欠時は非てんかん児と全く同じに扱ってよい。つまり、発作の時だけ病気であると考えてよい。
・家人特に母親は、「この子はてんかんである。長期間の内服が必要である。」,「かわいそう」と、潜在的に思っている。その為、ついつい過保護になってしまう傾向がある。より厳しい態度で療育・教育することが精神発達を考える上で重要である。
1、日常活動:禁止事項はない。万一発作が起こったら危険を伴う活動(水泳など)では、監視付きで行えば問題はない。学校活動で差別や制限をされることはない(文部省通達より)。
・生き生きと活動している時は(激しい運動を含む)大脳皮質活動が亢進状態にあり、てんかんは起こりにくい。逆に、ボーとしている時(朝方・夕方,だらだらしている時など)に発作は起こりやすいものである。
・生活リズム、特に睡眠覚醒リズムは発作頻度に影響する。
2、発作誘発因子:光(ごく一部の患者のみ),睡眠障害,感情変動,精神的因子,生理(女性),発熱などがあるが、一般的に小児てんかんでは頻度は少ない。誘発因子の存在は専門家が判断するので、勝手に制限することは避けたい。

5)小児てんかんの予後
A:発作予後
・てんかんの発作抑制率は1975年頃を境に明らかに向上した。以前は 20〜30%であったのに対して、以後は70〜80%になった。これは、1)発作型分類による抗痙攣剤の適切な使い分け(質的)、2)抗痙攣剤の血中濃度モニターによる適切な投与量の設定(量的)によるものと思われる。特に、小児てんかんの予後は良好なものが多い。
・てんかん症候群によって予後はかなり異なる。特発性てんかんでは発作抑制率は 90%以上であるが症候性てんかんでは30〜70%と明らかな差を認める。しかし、難治例に対して特殊療法や外科的療法が試みられており、今後治癒率がさらに向上することが期待される。
・てんかん経過中に脳の発達が順調な例は抗痙攣剤を中止することが容易であり、且つ中止後の再発も少ない。前記、年齢因子の項を参照。

B:全般的予後
・昔からてんかんは、「治らない」「知恵遅れになる」「遺伝する」と言われ、世間から差別と偏見の目でみられてきた。てんかん学の進歩に伴いこれらの偏見は間違っていることが実証されており、正しく理解される必要がある。
1、「治らない」に関して:80% の症例で発作抑制が得られる事実は「治らない病気」→「治る病気」に変える必要がある。小児の慢性疾患(例:腎炎,喘息など)でこの様な高い治癒率を示すのはてんかんだけではなかろうか?
2、「知恵遅れになる」に関して:元々精神遅滞などの脳の器質的疾患を有する例にてんかんの発症は多い。その為、てんかんと知恵遅れが関係あるかの様な誤解が生じた。一部のてんかん(乳児期発症の特殊てんかん)では発作が抑制出来ないと、精神遅滞が合併する場合がある。しかし、殆どのてんかんではてんかんになったからと言って精神発達が障害されることはない。
3、「遺伝する」に関して:遺伝が関与するてんかんは数%に過ぎず、殆どは遺伝が関与しない。遺伝性の言われているてんかんは特発性てんかんが多く、逆に遺伝歴があることは予後が良好である証拠である。

てんかんは決して重い病気ではないことを理解し前向きに対処してもらいたい。子供のてんかんは子供の内に治して、明るい将来を目指して欲しいものである。
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last modified 99.1.25
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