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研究成果の内容

 

生後の脳の海馬において新しく生まれた神経細胞が、海馬に蓄えられていた恐怖記憶の処理過程に重大な影響を及ぼしていることを発見しました。
海馬は学習記憶に重要な脳領域の1つです。ヒトを含む多くの動物種において、記憶獲得後、ある種の記憶の想起は、最初は海馬の働きを必要としますが、 時間経過に伴い徐々にその海馬依存性が減少します。 そして数週間後には海馬の働きを必要とせずに想起できるようになります、つまり時間経過とともに記憶の依存する脳領域が移行するのです。
しかし、どのような仕組みで記憶が海馬依存的な状態から海馬非依存的な状態へとなるのかについては、これまで分かっていませんでした。 また興味深いことに、海馬では脳の発生が終了した大人においても、新しい神経細胞が絶え間なく生産され続けていることが、ヒト、サルを含む 多くの動物種で分かっています。
本研究グループは海馬における神経新生注1)が記憶形成に果たす役割に着目し、物理的あるいは遺伝子改変技術によって海馬の神経新生が 障害されたマウス、対照的に神経新生が促進されたマウスを用いて、恐怖記憶獲得後の記憶処理過程における神経新生の役割について検討しました。 その結果、海馬における継続的な神経新生の程度に依存して、恐怖記憶が海馬依存的な状態から非依存的な状態へと移行する速度が抑制されたり、 逆に加速されたりすることが明らかになりました。
この成果は、海馬の神経新生を適切に制御することによって、恐怖記憶を保存する脳領域をコントロールできる可能性を示唆しており、 トラウマ記憶が原因となる心的外傷後ストレス障害(PTSD)注2)などの精神疾患の新たな予防法・治療法開発への展開が期待できます。

 


用語解説

 

注1)神経新生  脳の中には、1,000億個の神経細胞と、その10倍の数のグリア細胞が存在し、 精密なネットワークを形成している。ネットワーク構築のためには、脳の細胞の元になる 細胞(神経幹細胞)が多数分裂して数を増やし、神経細胞やグリア細胞に変化する (分化する)ことが必要である。この過程を「神経新生」と呼ぶ。すなわち、神経幹細胞は 分裂して自己を複製し、その存在を維持しつつ、神経細胞やその他の脳を構成する多様な 細胞へ分化している。海馬では神経幹細胞は海馬歯状回顆粒層下層と呼ばれる特定の領域で 脳が完成した生後も存在し、終生、新しい神経細胞が生産され続けていることが分かっているが、 その程度は加齢とともに減少することも知られている。


注2)心的外傷後ストレス障害(PTSD:posttraumatic stress disorder) 恐ろしい体験や圧倒的な体験から精神的に外傷を受け、それによって強い感情的反応が 症状として現れる長期的に持続する障害。戦争、災害、事故、強盗、レイプ、幼児期の 虐待などがトラウマ的体験としてあげられる。PTSDでは、その種のでき事に対して、 恐怖、無力感、戦慄などの強い感情的反応を伴い、長い年月を経た後にも、このような ストレスに対応するような特徴的な症状が見られる。恐怖体験に類似する、もしくは 連想させるようなもの人に対しても強い拒否を示し、社会生活に支障が出てくる。

 

 

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