妊娠中のオメガ3脂肪酸摂取が愛着形成(ボンディング)の促進と関連する(エコチル調査)
母子間の愛着(ボンディング)は、乳児の情緒安定や社会性の発達にとって不可欠な要素であり、ボンディングが十分に形成されない場合、育児不安や虐待リスクなど深刻な問題を引き起こす可能性があります。これまで、出産後の心理的要因やサポート体制がボンディングの形成に影響することは知られていましたが、妊娠期の栄養状態が母子の愛着にどのような影響を与えるのかについては、明確なエビデンスがありませんでした。一方で、オメガ3多価不飽和脂肪酸(オメガ3 PUFA)は、胎児の脳や神経系の発達に不可欠な栄養素であり、妊婦における摂取の重要性は広く認識されています。そこで、本研究では、妊娠中のオメガ3 PUFAおよび魚の摂取量と、産後の母子愛着(ボンディング)との関連を検証しました。
本研究は、環境省が実施する「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に登録された91,147名の妊婦を対象に解析を行いました。
- オメガ3 PUFAおよび魚の摂取量の評価:妊娠中期に食物摂取頻度調査(FFQ)を実施し、オメガ3 PUFAおよび魚の摂取量を算出しました。
- ボンディングの評価:産後1か月および6か月時点で、「赤ちゃんへの気持ち質問票(Mother-to-Infant Bonding Scale 日本語版)」に基づき、「母性感情の欠如(Lack of Maternal Feeling:LMF)」と「育児不安(anxiety about caregiving:AC)」の2つの因子で評価しました。
- 解析:オメガ3 PUFAおよび魚の摂取量を五分位に分類し、産後1か月および6か月の「母性感情の欠如」および「育児不安」得点との関連を、一般化線形モデル(GLM)で検討しました。母体の年齢、教育、収入、精神状態など14項目の交絡因子で調整しました。
その結果、オメガ3 PUFA摂取量が最も高い群では、摂取量が最も低い群と比べて、産後1か月および6か月の両時点で「母性感情の欠如」「育児不安」ともに有意に低く、良好な愛着形成が認められました(p < 0.001)(図1)。

ボンディング(母性感情の欠如と育児不安)
*母親の年齢、妊娠前の肥満、最高教育水準、フルタイム就労、世帯年収、喫煙状況、
アルコール摂取量、出産経験、婚姻状況、ストレスフルな出来事、親密なパートナーからの暴力、
妊娠に対する否定的態度、主要精神疾患の既往歴、心理的苦痛で調整。
また、魚の摂取量については、一部の因子でのみ関連が見られましたが、オメガ3 PUFAの摂取量に比べると明確な関連は確認できませんでした(図2)。

ボンディング(母性感情の欠如と育児不安)
*母親の年齢、妊娠前の肥満、最高教育水準、フルタイム就労、世帯年収、喫煙状況、
アルコール摂取量、出産経験、婚姻状況、ストレスフルな出来事、親密なパートナーからの暴力、
妊娠に対する否定的態度、主要精神疾患の既往歴、心理的苦痛で調整。
オメガ3 PUFAは、脳の神経伝達やホルモン分泌に関与し、情動調整に影響を与えることが知られています。本研究の結果は、妊娠中の栄養摂取が、出産後の心理的側面にまで影響を及ぼす可能性を示す重要なエビデンスです。魚そのものよりもオメガ3 PUFAの摂取との関連が明確であった点については、魚に含まれる有害物質の影響や、PUFA以外の栄養素との相互作用が関係している可能性があります。
以上のことから、妊娠中のオメガ3 PUFA摂取が母子のボンディング形成において重要であることを示唆しています。今後、妊婦への栄養指導において、オメガ3 PUFA摂取を意識した食生活を提案することは、母子の健全なボンディング形成に寄与するだけでなく、産後うつや育児不安の予防策としても有効な可能性があります。
本研究の限界として、食物摂取頻度調査による評価であり、摂取量の誤差が含まれる可能性があること、自己記入式の愛着尺度であるため主観的バイアスを完全に排除できないこと、日本国内の魚食文化を背景とした研究であるため海外への一般化には注意が必要であることが挙げられます。今後は血中オメガ3濃度の測定やランダム化比較試験による因果関係の確認が必要です。

この研究成果は、医学系学術専門誌「Scientific Reports」に2025年6月4日付でオンライン掲載されました。
エコチル調査富山ユニットセンター
2025年9月
ちょっと詳しく
オメガ3系脂肪酸
青魚に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、シソ油、亜麻仁油、エゴマ油(=ごま油ではありません)の主成分であるα-リノレン酸のことです。α-リノレン酸は体内で合成できない必須脂肪酸です。α-リノレン酸がDHAあるいはEPAに代謝される速度は非常に遅いため、最初から、DHAやEPAの形で摂取する方が効率的です。
ボンディングとは?
母親が子どもを愛し、世話したい、守りたいと思う情緒的絆のことを指し、一般的にボンディングと呼ばれます。この感情を評価するために、イギリスの研究者KumarとMarksらが「Mother-Infant Bonding Scale」を開発しました。各質問は赤ちゃんへの肯定的・否定的な気持ちを尋ねるもので、0,1,2,3点の4件法で回答し、各回答からの得点で評価します(点数が高いと否定的な感情が強いとみなします)。日本では、九州大学の吉田らが翻訳し、赤ちゃんへの気持ち質問票(Mother-to-Infant Bonding Scale 日本語版)として確立しました。
赤ちゃんへの気持ち質問票
- 赤ちゃんをいとおしいと感じる
- 赤ちゃんのためにしないといけない事があるのに、おろおろしてどうしていいかわからない時がある
- 赤ちゃんの事が腹立たしく嫌になる
- 赤ちゃんに対して何も特別な気持ちがわかない
- 赤ちゃんに対して怒りがこみあげる
- 赤ちゃんの世話を楽しみながらしている
- こんな子でなかったらなあと思う
- 赤ちゃんを守ってあげたいと感じる
- この子がいなかったらなあと思う
- 赤ちゃんをとても身近に感じる
エコチル調査の質問票では青字の5項目について調べました。本研究ではこの5項目を、「母性感情の欠如」(LMF:項目1、4、9)と「育児不安」(AC:項目2、6)の2つの因子で評価しました。
参考:公益財団法人 母子健康協会
http://www.glico.co.jp/boshi/futaba/no77/con01_03.htm