エコチル調査でわかったこと

出産直後のカンガルーケアは、産後1年における母親の子どもへの情緒的絆と関連する(エコチル調査より)

■ 研究の背景

 母親から子どもへ注がれる愛情は、周産期の精神医学領域ではボンディング(情緒的な強い結びつき)という言葉で表現されています。周産期において最初にボンディングという概念を提唱した小児科医のMarshall H. KlausとJohn H. Kennelは、出産直後に母子が触れ合うことがボンディング形成に重要であると主張しました。
 出産直後に母子が触れ合うカンガルーケアは、低出生体重児や早産児へのボンディング形成を促す可能性が示唆されていますが、正期産児についての大規模調査の報告は限られています。そこで本研究では、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加している約80,000組の母子のデータを解析し、出産直後のカンガルーケアの実施の有無と、産後1年における母親のボンディングとの関連について調査しました。

■ 対象・方法

 対象は、「エコチル調査」に参加している母子81,634組です。出産直後にカンガルーケアを実施したかどうかについては、産後1か月時に保護者に送付した質問票において「赤ちゃんを産んでから、すぐに抱っこしましたか?」に対する3つの回答「1.肌と肌が触れる抱っこをした」「2.肌と肌が触れない抱っこをした」「3.産んですぐには抱っこをしていない」を使用しました。産後1年におけるボンディングの評価は、保護者が回答する「赤ちゃんへの気持ち質問票;The Japanese version of Mother-to-Infant Bonding Scale (MIBS–J)」を使用しました。MIBS–Jは10項目の設問にそれぞれ「非常にそう思う」「ある程度そう思う」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の4件法(4段階評価)で回答します。それぞれ0~3点の配点があり、10項目を合計した得点が5点以上の場合を、ボンディング形成がうまくいっていない状態、すなわちボンディング形成不全として定義しました。

■ 主な結果

 出産直後に肌と肌が触れる抱っこをした母親は57.2%、肌と肌が触れない抱っこをした母親は19.3%であり、76.5%が出産直後に抱っこをしているという結果でした。
 次に、産後1年におけるボンディング形成不全の発生頻度は、抱っこをしていないグループでは12.8%、肌と肌が触れない抱っこをしたグループでは11.6%、肌と肌が触れる抱っこをしたグループでは10.9%でした。解析の結果、肌と肌が触れる抱っこをしたグループは、抱っこをしていないグループと比較し、産後1年におけるボンディング形成不全の発生が有意に少ないことが明らかとなりました。この傾向は「肌と肌が触れない抱っこ」をした場合でも同様に認められました(図1)。

図1 カンガルーケアと産後1年におけるボンディング形成不全との関連

■ 考察

 出産直後にカンガルーケアを体験した母親は、産後1年におけるボンディング形成不全が有意に少ないという結果から、カンガルーケアはボンディング形成を促す可能性があることが示唆されました。出産後早期に新生児を抱っこするという体験は、衣服を介していた場合であっても、産後1年においてボンディング形成不全の母親が少ないことと関連しており、出産直後の母子の触れ合いの重要性を改めて支持する結果となりました。
 国内のカンガルーケア・ガイドラインには、カンガルーケアの利点として、新生児が皮膚接触によって体温を維持し、呼吸が安定することや、体重増加の促進、母乳分泌の増加、母乳保育期間の延長、母子の愛着形成の促進などが記載されています。カンガルーケアは推奨されるべきケアではありますが、出生直後というタイミングは胎児から新生児へ劇的に環境が変化する時期であり、呼吸・循環ともに非常に不安定です。そのため、カンガルーケア実施の有無にかかわらず、新生児の状態変化を観察することが重要です。
 また、「産んですぐには抱っこをしていない」母親の多くは、出産直後に新生児や母親自身の全身状態が安定していなかった可能性が考えられます。その場合、新生児は母子分離されて集中的に医療処置が受けられる環境へ一時的に移動します。母親から子どもへのボンディング形成は、カンガルーケア以外の要因も多くあり、それらが複雑に関連し合っているため、カンガルーケアをしていないことのみが原因でボンディング形成不全となることはありません。
 本研究の限界としては、ボンディング形成不全の定義を「MIBS-Jの合計点が5点以上」としていますが、厳密には産後1年における評価として使用することが妥当かどうかの検証が行われていません。また、今回の解析で調整できなかった潜在的交絡因子(例えば母親の被養育体験や、パートナー以外からの子育て支援の状況等)が母親のボンディングへ影響を与えている可能性も十分に考えられます。さらに、今回の解析に使用したデータは2011年から2014年に収集されたものであり、その期間での関連性を示しているという点にも注意が必要です。しかしながら、本研究は81,634組を対象とした全国調査であり、日本国内の状況を代表する調査結果であるという点は強みです。

 この研究成果は、英国の周産期学術系専門誌「BMC Pregnancy and Childbirth」に2026年3月9日に掲載されました。

Kangaroo mother care and maternal bonding 1 year after childbirth: a nationwide birth cohort—the Japan Environment and Children’s Cohort Study

エコチル調査富山ユニットセンター
 2026年4月

ちょっと詳しく

カンガルーケア

 カンガルーケアとは、出生直後の新生児を衣類を着用しない状態で母親(または父親)の胸に直接抱き、肌と肌を密着させるケアを指します。新生児の体温保持、呼吸や心拍の安定、母乳分泌の促進、そして母子のボンディング形成を促すことを目的として実施されます。
 もともとカンガルーケアは医療資源が不足していた状況から生まれたケアであり、1970年代後半にコロンビアにおいて保育器が不足していたため、未熟児の体温保持と生存率向上を目的として導入されました。現在では、愛着形成や母乳育児促進を目的に多くの国で推奨されています。ただし、近年はカンガルーケア中の新生児の急変の報告もあるため、医療スタッフによる十分な観察のもとで、安全に実施することが重要とされています。

対児愛着(ボンディング)

 ボンディングとは、母親が出生した子どもに対して抱く情緒的な愛着や心理的結びつきを指す概念であり、主に母親から子どもへ向かう一方向的な感情の結びつきを指します。この概念は1970年代に小児科医のMarshall H. KlausとJohn H. Kennelによって提唱され、出生直後の母子接触が母親の愛着形成に重要であることが示されました。その後の研究では、ボンディングは出生直後のみで決定されるものではなく、授乳、抱っこ、育児経験などの継続的な相互作用の中で形成されていくことが明らかとなっています。