エコチル調査でわかったこと

妊娠中の血清コレステロール値の変化と産後抑うつ症状との関連について

 最近の研究により、産後1か月および6か月における産後うつ病の有病率は、どちらも10%以上と高い水準であることがわかっています。またこれまでに、産後うつ病を有する女性は、強い産後抑うつ症状(PDS)を有することが知られています。PDSと関連する因子としては、社会的支援や配偶者の有無、経済状況などの社会的要因に加えて、ホルモン、ビタミン、脂質などの生物学的要因が注目されています。
 また、これまでの研究では総コレステロール(TC)値とPDSとの関連を示唆する報告がありましたが、各研究の結果は必ずしも一致していません。
 そこで今回、PDSと関連する要因の1つとして、妊娠中の血清TC値および血清TCの変化量とエジンバラ産後うつ病質問票を用いて判定したPDSとの関連を調べました。

 妊娠初期・妊娠中期~妊娠末期・出産時に、非絶食下で採血に協力をいただき、各時点の血清TC値を測定しました。その数値をもとに、妊娠初期から妊娠中期~妊娠末期(A)、妊娠中期~妊娠末期から出産(B)、および妊娠初期から出産まで(C)の3期間の血清TC値の変化量を求めました。
 上記3時点の値および3期間の変化量に基づき、参加者を5群(最も少ない群Q1~最も多い群Q5)に分け、それぞれ産後1か月と6か月時点でエジンバラ産後うつ尺度を用いてPDSスコアを測定しました。本研究では、このスコアの合計9点以上をPDS有症者と評価したところ、産後1か月では参加者のうち13.7%、産後6か月では11.1%がPDS有症者に該当しました。
 その結果、血清TC値は妊娠中期~妊娠末期の測定に基づいた5群のうちQ2群のみQ1群と比べてPDS有症者の割合が上昇するという関連が示されましたが、その他の群では、有意な関連は認められませんでした。
 また、妊娠初期で測定した血清TC値および出産時点で測定した血清TC値でも同様に5群を検討しましたが、どの5群でもPDS有症者の割合は変わりませんでした。

 一般的に血清TC値は妊娠初期から出産にかけて上昇することが知られているため、各時点での値ではなく、測定時点間の血清TC値の変化量との関連を調べました。この検討では、2時点の変化量に基づいた5群を設定し、Q1とより変化量が大きかった群でPDS有症者の割合に違いがないかを検討しました。
 その結果、妊娠中期~妊娠末期から出産(B)にかけての変化量と、妊娠初期から出産(C)にかけての2期間の変化量については、Q1と比べてTC値が上昇した群で、産後1か月時点でPDS有症者の割合が少ないことがわかりました。
 また、妊娠初期から妊娠中期~妊娠末期(A)と妊娠初期から出産(C)の2期間の変化量については、Q1と比べて TC値が上昇した群において産後6か月時点で PDS有症者の割合が少ないことがわかりました。とくに、妊娠初期から出産(C)期間の変化量での検討では、産後1か月および産後6か月のいずれにおいても、Q1と比べて TC値がより上昇したすべての群でPDS有症者が少ないという関連が認められました(図)。

図 血清総コレステロール(TC)の妊娠初期から出産までの変化量と産後1か月時点および産後6か月時点のPDS有症者の割合との関連

 全体的に、妊娠中に血清TC値が上昇した群はPDS有症者が少なくなる傾向が見られたことから、妊娠中の血清TCの変化を調べることによってPDSになる可能性のある集団を予測しうることが示唆されました。
 これまで周産期や産後のTC値低下とPDSとの関連について報告した研究はありましたが、本研究が、妊娠中の血清TC値の変化量とPDSとの関連を示した初めての研究と言えます。

 妊娠中の血清TC量が上昇するとPDS有症者の割合が少なくなるという本研究の結果から、妊娠期から出産時までのTC量の変化を追跡することで、PDS有症者となるリスクのある妊婦を早期にスクリーニングできる可能性が示唆されました。
 しかし、本研究は観察研究であり、TCとPDSとの因果関係が明らかにできたわけではありません。また、以下のような点からも、さらなる研究が望まれます。

  • スクリーニングテストであるエジンバラ産後うつ病質問票を用いたPDSの評価のみではなく、精神疾患の診断・統計マニュアル (DSM)などを用いた産後うつ病の診断にも着目すべき点
  • データセットの中から期間中に採血できなかった人やエジンバラ産後うつ尺度を含む必要な回答が得られなかった3万人以上の妊婦を除外しているため、何らかの偏りが否定できない点
  • 研究対象者を日本在住者に限定しているため、今回の結果がそのまま他国および他人種に適用できるかは不明である点
  • 採血のタイミングによる影響(非絶食下での採血による食事の影響、産後72時間で急激に妊娠初期レベルに戻る血清TC値のピーク時を逃している可能性)を否定できない点

 これらの他にも、うつ病に対する作用機序が異なるLDLコレステロールとHDLコレステロールといったTCの各構成成分の変化や、妊娠中の脂質増加を引き起こす女性ホルモン濃度、ストレスやセロトニン、神経炎症などに着目することで、コレステロールと産後うつとの関連メカニズムがより明確になるかもしれません。
 今後、さらなる研究を重ねて因果関係を明らかにすることで、妊婦健診時と出産時のTC値からPDSを示しやすい人を事前に予測し、産後のサポートに活かすことができるかもしれません。

 この研究成果は医学系専門誌「Acta Psychiatrica Scandinavica」に2021年12月28日にオンライン掲載されました。

Change in cholesterol level during pregnancy and risk of postpartum depressive symptoms: the Japan Environment and Children's Study (JECS)

エコチル調査富山ユニットセンター
 2022年2月

ちょっと詳しく

妊娠中の脂質

 血清脂質のレベルは妊娠の進行に伴い上昇することが知られています。トリグリセリド(TG)、総コレステロール(TC)、LDLコレステロールは妊娠末期にピークを迎え、それぞれ170%、43%、36%増加します。また、HDLコレステロールは妊娠中期にピークを迎え25%増加します。そして、出産後に全て妊娠前のレベルに戻ります。

エジンバラ産後うつ病質問票

 産後うつは13~15%のお母さんに起こると言われており、比較的多くの方が悩まされる症状です。産後の急激なホルモンバランスの乱れや、赤ちゃん中心の生活パターンへの変化など多くのことが関わって発症すると考えられています。産後うつの程度は様々ですが、フォローすべき人を早期に見つけるために産後2週目と4週目の健診時にお母さんの心の状態を評価し、必要がある場合に支援を行うことが推奨されています。この判断に使われている指標の1つが、エジンバラ産後うつ病質問票です。
 エジンバラ産後うつ病質問票は10項目の質問があり、3点=とてもそう思う、2点=そう思う、1点=あまりそう思わない、0点=全くそう思わないといったような4つの選択肢で回答します(点数は逆転する場合があります)。産後うつの程度が悪いと得点が高くなるように作られており、支援の必要性の判断に用いられています。本研究においては、過去の日本国内の研究で示された「9点以上」をPDS有症者と判定する基準としました。