エコチル調査でわかったこと

妊娠中のペット飼育と産後1年までの母親の精神健康:エコチル調査

 ペット(犬・猫)飼育と精神健康の関係は、これまで様々な集団、特に精神健康が不安定になりやすい高齢者、一人暮らし、ホームレスなどを対象として調査されてきました。しかし、必ずしも良い影響があるという報告ばかりではなく、一切影響がないという結果や、さらには、悪い影響があるという全く逆の結果が得られている研究もあります。また、多くの方が飼育されているペットである、犬と猫のどちらの方が精神健康により良い影響を及ぼすのか、という点も一貫していません。

 妊娠中から産後にかけての女性は、精神健康が不安定になりやすい集団のひとつです。妊娠中から産後にかけては、ホルモンバランスの乱れなどからくる体調の変化や、育児による生活リズムの変化などにより、うつなどを発症する可能性が高まることが知られています。それにも関わらず、これまでこの時期の女性の精神健康をペット飼育の観点から検討した研究はほとんど行われてきませんでした。

 そこで本研究では、エコチル調査に参加している80,814人の女性を対象とし、妊娠中のペット飼育(犬・猫の飼育なし、犬のみ飼育、猫のみ飼育、犬・猫の双方飼育)と、妊娠中から産後1年までの精神健康(抑うつ症状および心理的苦痛)との関係を調べました。

 解析では、ペット飼育以外で精神健康に関連すると考えられている、年齢、社会経済要因、精神疾患既往歴などの計17の要因を考慮しました。
 その結果、以下の点が明らかとなりました。

  1. 犬を飼育している集団は、犬も猫も飼育してない集団と比べ、産後1ヶ月および6ヶ月における抑うつ症状が低かった。また、産後1年における心理的苦痛も低かった。
  2. 猫を飼育している集団は、犬も猫も飼育してない集団と比べ、産後6ヶ月における抑うつ症状が高かった。また、妊娠中における心理的苦痛も高かった。
  3. 犬と猫双方を飼育している集団は、犬も猫も飼育してない集団と比べ、妊娠中における心理的苦痛が高かった。一方、その他の時期においては、犬も猫も飼っていない場合と同程度であった。

 表1に、得られた結果のまとめを示しています。

表1.妊娠中のペット飼育と抑うつ症状および心理的苦痛との関係
(犬・猫の飼育なしと比較した場合。年齢・社会経済要因・精神疾患既往歴などの計17変数で調整済み)
↓: 低い, ↑: 高い, —: 同等

 本研究の結果より、犬の飼育は精神健康に対する保護因子である一方で、猫の飼育は精神健康に対するリスク因子である可能性が示されました。また、関連の程度は弱かったものの、保護因子かリスク因子かという関連の方向性については、調査時期を問わず一貫していました。これらの結果より、飼っているペットの種類(犬・猫)が、妊娠中から産後にかけての母親の精神健康維持において異なる役割を果たしている可能性が示唆されました。

 本研究で認められた犬と猫の違いは、もしかすると、家畜化された歴史の長さを反映しているかもしれません。犬の方が早くから人類のパートナーとなったという歴史があり、飼い主と犬との間の情緒的絆の形成に関する研究も色々と進んでいます。オオカミとイヌとの遺伝配列の違いも大きく、情緒的な側面も含め、より人間と共生できる形で進化したと考えられています。一方、猫の家畜化の歴史は浅く、ヤマネコとイエネコの遺伝的違いも、オオカミとイヌとの違いと比べるとほんの僅かです。そのため、犬ほどには人間との共生にまだ適していないのかもしれません。

 猫の飼育で注意すべき点としては、猫に寄生するトキソプラズマ原虫に妊婦さんが感染すると、胎盤を経由して赤ちゃんに悪影響が及ぶことがあることです。また、日本国外のデータではあるものの、18年間の追跡調査では、猫の飼育は、特に女性において、肺がんによる死亡率をペットがいない場合に比べて2.85倍に高めるとのデータが得られています(犬の場合は1.01倍)。ペットは家族の大切な一員であり、飼っていることで良い影響もたくさんありますが、猫だけでなく犬を含め、危険性がゼロではないということは、常に心の片隅に置いておくべきと思われます。

 本研究の限界としては、観察研究であるため因果関係を扱っていないこと(犬や猫を飼ったことに起因する結果を直接的に示している訳ではありません)、妊娠中の1時点でしかペットの飼育状況を聞いていないこと、犬や猫の種類や頭数を聞いていないことなどです。
 今後は、飼っているペットの種類をより細かく解析するといった工夫をした上で、ペット飼育と精神健康との関係について長期的な調査を続けていく予定です。

 この研究成果は社会科学・医学系専門誌「Social Science & Medicine」に2022年7月11日に掲載されました。

Pet ownership during pregnancy and mothers’ mental health conditions up to 1 year postpartum: A nationwide birth cohort-the Japan Environment and Children’s Study

エコチル調査富山ユニットセンター
 2022年8月