エコチル調査でわかったこと

過去の流死産経験は次の妊娠中のQOLに影響を及ぼす:エコチル調査

 日本では妊娠22週未満の妊娠の終了を流産と言います。流産の頻度は全妊娠の10~15%と言われ、流産を2~3回以上繰り返した場合は不育症と診断されます。

 流産を繰り返し経験する不育症女性は、次に妊娠した時に、また流産をするのではないかという不安や恐怖を抱きやすく、妊娠を喜んだり周囲に妊娠を報告したりすることもなかなかできないという経験をします。また過去の研究で、妊娠初期には不安が強くなり抑うつになりやすいとも報告されています。

 ところで、自分自身の生活の質(Quality of Life; QOL)を普段意識することはありますか。妊娠中は体調や精神状態の変化も大きいためか、妊婦は妊娠してない女性と比べQOLが低いことが知られています。また、流死産歴がある妊婦は流死産歴が無い妊婦と比較してQOLが低いことが明らかにされています。ただし、こうした研究は妊娠経過のある1時点のQOLのみを報告したものであり、過去の流死産回数が、次の妊娠中の妊娠初期と妊娠中後期にかけてのQOLの変化にどのように関係するかは十分に検討されていません。

 そこで本研究では、エコチル調査に参加している妊婦さん(82,013名)を対象として、過去の流死産回数と妊娠中のQOLとの関連を調べました。

 QOLの評価については、8つの質問項目からなる「健康関連QOL Short Form-8日本語版(SF-8)」を使用しました。8つの質問項目は、身体的なQOLに関する質問4つと精神的なQOLに関する質問4つから構成されています。平均的なQOLの人が50点になるように作られており、点数が高いほどQOLは高い(より健康)とされています。

 解析では、妊婦さんを過去の流死産回数により、無し群、1回群、2回群、3回以上群の4群に分けました。妊娠初期におけるSF-8の身体的QOLと精神的QOL得点を、無し群と1~3回以上群それぞれで比較し、妊娠初期から妊娠中後期にかけてのSF-8の身体的QOLと精神的QOL得点の変化についても、無し群と1~3回以上群それぞれで比較しました。また、初産婦と経産婦に分けても同じようにSF-8の身体的QOLと精神的QOL得点を比較しました。妊婦さんの年齢や合併症、既往歴、婚姻状況、世帯収入、最終学歴、飲酒歴、喫煙歴などを調整変数として、一般線形混合モデルを使用して分析しました。

 解析の結果、流死産無し群と比較して、1回群、2回群、3回以上群は妊娠初期の身体的QOL得点が有意に低く、流死産回数が多いほど点数は低くなっていました。また、すべての群において、妊娠初期から妊娠中後期にかけて、身体的QOLと精神的QOLとも得点は上昇していました。身体的QOLに関しては、無し群と比較して1回群と3回以上群は得点が有意に上昇していました(図)。また、経産婦の妊娠初期における身体的QOLに関しては、上述と同様に流死産回数が多いほど有意に得点は低かったです。また精神的QOLにおいても1回群は流死産の経験がない群に比べて、有意に得点が低かったです。

図.流死産回数毎の、身体・精神的QOL得点

 以上のことから、過去の流死産経験は次の妊娠において妊娠初期の身体的QOLを低下させること、経産婦においては妊娠初期の精神的QOLも低下させることがわかりました。また、流死産歴のある妊婦さんの妊娠初期の身体的QOLが低かったとしても、妊娠経過とともに上昇することもわかりました。

 今回使用したSF-8では、身体的QOLについて「身体を使う日常的な活動や仕事をすることが、身体的な理由でどのくらい妨げられたか」を問うています。このことから、流死産歴のある妊婦さんは妊娠初期に流産になることを恐れて、できるだけ身体的活動を少なくし安静にしているのではないかと考えられ、そのことがQOLに影響を及ぼしている理由ではないかと推測しました。また流死産歴のある経産婦の場合は、妊娠初期に流産の不安や恐怖を感じながら上の子の育児をする必要があることにストレスを感じているかもしれません。このようなことから、流死産経験のある妊婦さんの妊娠初期には、身体的活動の程度を確認し、日常生活に影響していないかという視点も加えた支援の必要性が示唆されました。

 本研究の限界として、1)妊娠中後期の調査が平均して妊娠27週の時点であり、厳密に妊娠中期と後期が定義されていないこと、2)観察研究であるため、多くの交絡因子を調整していますが、因果関係までは扱えていないこと、などが挙げられます。

 この研究成果は、産婦人科学系専門誌「BMC Pregnancy and Childbirth」に2023年4月28日に掲載されました。

Longitudinal study of the relationship between number of prior miscarriages or stillbirths and changes in quality of life of pregnant women: the Japan Environment and Children’s Study (JECS)

エコチル調査富山ユニットセンター
 2023年7月

ちょっと詳しく

健康関連QOL Short Form-8
日本語版(SF-8)

QOLの評価は、本人からの申告や、医療者が観察して判定するなどがあり、この研究では、本人が申告する健康関連QOL Short Form-8日本語版(SF-8)を用いました。SF-8は、「心」と「からだ」それぞれ4つずつから成る計8つの質問に対し、「最高に良い/とても良い/良い/あまり良くない/良くない/全然よくない」といった5つないしは6つの選択肢から自分の状態を回答し、回答から「心」と「からだ」それぞれの得点を算出します。平均的な健康度の人が50点になるように得点調整されており(より具体的には、偏差値として表されています)、健康だと感じている人ほど高い得点になります。