エコチル調査でわかったこと

妊娠中の魚摂取と生まれた子の神経発達の関係(エコチル調査より)

 魚には、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)として知られる「n-3系多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA※1)」が多く含まれています。n-3 PUFA系多価不飽和脂肪酸は、脳や神経を形成するための必須の栄養素であり、胎児・幼児期から老年期まで脳機能の維持に重要です。そのメカニズムについても動物実験により明らかになりつつあります。

 これまで、妊娠中に魚を摂取すると、生まれてきたお子さんの神経発達に対して好影響があることが、いくつかの研究から報告されてきました。しかし一方で、妊娠中のお母さんの魚の摂取とお子さんの神経発達には関連がないとする研究結果もあり、一致した見解が得られていないのが現状です。以前、我々のチームでは、妊娠中に魚を多く摂取したお母さんから生まれてきた子どもは、生後6カ月時点と1歳時点において、指先でものをつかむなどの「微細運動」領域と、手順を考えて行動するなどの「問題解決」領域において、発達の遅れが少なくなることを報告しました(Hamazaki et al., The American Journal of Clinical Nutrition, 2020, 112(5): 1295-1303)。しかし、1歳以降の関連については明らかにされていません。

 子どもの発達の遅れは、3歳頃で顕著になると言われています。この年齢から、幼稚園などにおける社会生活も増えるため、日本では、3歳児健診で発達の遅れに関するスクリーニング検査が行われます。そこで、今回「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加する約10万人の内、有効なデータが得られた約9万人のお母さんの妊娠中の魚の摂取量と、生まれてきたお子さんの3歳時点の神経発達の関連を調べました。

 妊娠中のお母さんの魚介類摂取量の評価には、食物摂取頻度調査票(Food Frequency Questionnaire:FFQ)を用いました。このFFQでは、約170食品群のリストの中に21種類の魚介類が含まれており、21種の魚介類のそれぞれの平均摂取頻度と1食あたりの平均摂取量の掛け合わせから、習慣的な魚介類摂取量を算出し、妊娠中のお母さんの魚の摂取量の少ない順に5つのグループ(最も多い群を「5(多い)」)に分けました。また、お子さんの神経発達の評価には、保護者が記入する発達評価ツールのAges and Stages Questionnaires®, Third Edition(ASQ-3) ※2を用いました。ASQ-3は、「コミュニケーション」、「粗大運動」、「微細運動」、「問題解決」、「個人・社会」の5つの領域を数値化して評価することができます。この研究では、5つの領域ごとに点数を集計し、それぞれの領域についてカットオフ値未満であれば、神経発達が遅めになると評価することとしました。

 お母さんの魚の摂取量が最も少ない群を基準(1.0)にして、魚の摂取量とお子さんの神経発達が遅めの発生率を比較した結果、妊娠中の魚の摂取量が多い群では、特に「微細運動」、「問題解決」「個人・社会」の3つの領域において、神経発達が遅めになる子どもの割合が少なくなるという関連が見られました。一方、「粗大運動」の領域では、お母さんの魚の摂取量とお子さんの神経発達の遅れとの関連は見られませんでした。

1)3歳時点でのコミュニケーション
魚の摂取量が、2番目に多い群と最も多い群で発達が遅めになるオッズ比※3が低下しました。

2)3歳時点での微細運動
魚の摂取量が、3番目に多い群と最も多い群で発達が遅めになるオッズ比が低下しました。また、トレンド検定※4でも有意な関連が見られました。

3)3歳時点での問題解決
魚の摂取量が、2番目に多い群から最も多い群全てにおいて発達が遅めになるオッズ比が低下しました。また、トレンド検定でも有意な関連が見られました。

4)3歳時点での個人・社会
魚介類摂取量が、2番目、4番目、最も多い群において発達が遅めになるオッズ比が低下しました。また、トレンド検定でも有意な関連が見られました。

赤丸 → 統計的有意差あり(p<0.05)
上記のグラフに示した解析は、以下の14の因子で補正した結果です。母親の年齢、出産歴、出産前BMI、教育歴、世帯収入、婚姻状況、アルコール摂取状況、喫煙状況、身体活動強度、就労の有無、妊娠中の EPA・DHA サプリメント使用の有無、心理的苦痛、児の性別、先天異常の有無

 以上の結果は我々のグループが示した6カ月、1歳時点の結果とも一貫した傾向を示しました。従って、妊娠中の魚の摂取は生まれた子の発達に良い影響を与える可能性があるのかもしれません。

 しかし今回の研究は、自分が回答する質問票を用いた観察研究であり、妊娠中の食事を第三者がコントロールするような試験は行っておりません。そのため本当に良い影響があるかを明らかにするためには、今後魚の摂取量をコントロールするような別の研究を行う必要性があります。従って、魚あるいはn-3 PUFA系多価不飽和脂肪酸を摂っているからといって発達が遅くなりにくいと結論づけることはできないということをご留意ください。また、子ども自身の魚介類の摂取量については調べていないことなどの限界も挙げられます。

 また魚介類の種類によっては、水銀や残留性有機化合物を体内に多く蓄積するものもいます。詳しくは厚生労働省のリーフレット「これからママになるあなたへ」を参照してください。

 この研究成果は公衆衛生学研究の国際専門誌「Frontiers in Public Health」に2024年1月24日に掲載されました。

Maternal dietary intake of fish and child neurodevelopment at 3 years: a nationwide birth cohort—The Japan Environment and Children’s Study

エコチル調査富山ユニットセンター
 2024年3月

ちょっと詳しく

※1 n-3 系多価不飽和脂肪酸

 n-3 系多価不飽和脂肪酸は、DHA(ドコサヘキサン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などで知られ、魚由来の代表的な脂肪酸です。血液をサラサラにし、炎症抑制作用など、脳や神経発達以外にも良い効果をもたらすと言われています。

※2 ASQ-3質問票

 ASQ-3(Ages and Stages Questionnaires, Third Edition)とは、年齢に応じた質問項目に、保護者の方がお子さんを観察して回答する質問票です。ASQ-3は、「自分の名前を答えることができる」や「言葉を使って簡単な指示を出すことができる」などのコミュニケーション領域、「ボールを蹴ることができる」や「ジャンプすることができる」などの粗大運動領域、「ハサミを使って紙を切ることができる」や「鉛筆やクレヨンを適切に使うことができる」などの微細運動領域、「数字を暗唱する」や「ブロックを並べることができる」などの問題解決領域、「自分で着替えることができる」や「おもちゃで遊ぶことができる」などの個人-社会領域の5つの側面があります。

※3 オッズ比

 オッズ比とは、ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度です。ある事象が起こる確率(人数)を、その事象が起こらない確率(人数)で割って算出します。起こる確率と起こらない確率が同じときにオッズの値は1となり、1よりも大きいと事象が起こりやすい、小さいと起こりにくいことを表します。
 本研究では、魚を食べる量が最も少ない(図の「1(少ない)」)グループのオッズを基準とすると、ほかのグループでは「発達が遅め」の子どもの出現しやすさが「何倍(いくつ)」になるかを示すために使っています。各グループグラフ上に示された値(=オッズ比)が、1より大きいと起こりやすい、2より小さいと起こりにくいと言えます。

※4 トレンド検定

 トレンド(傾向)検定とは、各グループを個別に調べるのではなく、調査対象となった集団全体の増加傾向、減少傾向を調べる統計的手法です。