エコチル調査でわかったこと

赤ちゃんへの栄養方法とその期間、および、授乳時の赤ちゃんに対する働きかけと産後うつの関連

 これまでに、完全母乳育児(=粉ミルクを一切使わず母乳のみで育てる)は子どもの免疫力や発育を向上させ、お母さんの乳がんや卵巣がんを減らすといった母児ともにプラスの効果が示唆されてきました。こういったことを受けて、世界保健機関(WHO)は、産後6か月間の完全母乳育児を推奨しています。一方、母乳育児が産後うつに与える影響についても検討が行われてきましたが、両者の間に関連があったという報告と関連が見られなかったという報告があり、安定した結果が得られておりませんでした。
 そこでこの研究では、エコチル調査に参加している親子について、産後6か月までの栄養方法(母乳か粉ミルク)と産後うつの関連を調べました。さらに、母乳育児の期間の検討に加えて、授乳時に赤ちゃんの目を見たり話しかけるといった行動と産後うつの関連についても併せて検討しました。

 71,448名の母親を対象に、妊娠中2回、産後1か月1回、産後6か月1回の、合計4回質問票調査により授乳状況や産後うつの状況、そのほか解析に必要な情報を収集しました。

図1:情報収集を行った時期

 産後6か月の時点で尋ねた栄養方法(母乳あるいは粉ミルク)と与えた期間によって、参加者を下記の5つに分類しました。

  • Ⅰ:母乳を6か月間継続しなかったグループ
  • Ⅱ:母乳を6か月、粉ミルクを5-6か月与えたグループ
  • Ⅲ:母乳を6か月、粉ミルクを3-4か月与えたグループ
  • Ⅳ:母乳を6か月、粉ミルクを1-2か月与えたグループ
  • Ⅴ: 6か月間母乳のみのグループ

 産後うつの評価は、エジンバラ産後うつ尺度(EPDS)を使用しました。EPDSは10項目の質問の回答を0から3点の得点で評価し、合計9点以上となった場合、産後うつと判定しました。本研究では、産後1か月時と産後6か月時の状況を判定し、産後1か月時で産後うつ傾向のない人を選び、産後6か月時点で「産後うつ」であったかを評価しました(図1)。
 次に、産後1か月時点の授乳中のお母さんの行動として「赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしている群」と「他のことをしている群(テレビ・DVDを見る、新聞・雑誌を読む、携帯電話やパソコンを使う、家事を行うなど)」の2つに分け、産後6か月時点のEPDSとの関連を検討しました。

 その結果、次の3点が明らかになりました。

  1. Ⅴのグループは、他グループに比べて産後うつになるリスクが低い
  2. 母乳あるいは粉ミルクを与えた期間に関わらず、授乳中に「赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしている群」が、「他のことをしている群」よりも、産後6か月時点での産後うつになるリスクが低い(図2)
  3. Ⅴのグループに含まれ、かつ授乳中に「赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしている群」は、最も産後うつのリスクが低い(図2)
図2:産後6か月までの母乳と粉ミルク期間と産後うつの関連

 Iの「赤ちゃんの目を見ず、話しかけなかった」群と比較し、I、II、IV、V群の「赤ちゃんの目を見て、赤ちゃんに話かけた群」の産後うつのリスクが低いということが明らかになりました。本結果は、産後1か月時点で産後うつと判定した人を除外し、産後うつや母乳育児中断にかかわる複数の因子を多変量ロジスティック回帰分析にて調整して算出した結果です。

 以上のことから、母乳育児を行うことが産後うつに良い影響を与えることはもちろん、たとえ母乳育児ができなくても授乳中に赤ちゃんの目を見たり話しかけたりすると、そうしない場合より、産後うつに良い影響を与えている可能性が示唆されました。この研究からは何が原因となってこの影響が表れたかまでは明らかにしておりませんが、赤ちゃんの目を見たり話しかけたりすることで愛情ホルモンと言われる「オキシトシン」が分泌されることが関係しているのではないかと考えています。
 これらの結果をふまえて、乳幼児を育てるお母さんに対し、母乳育児を勧めるだけでなく、赤ちゃんとの関わり方について適切な情報を提供し支援することで、産後うつの発症を抑えることができるかもしれません。
 しかし、今回の研究は質問票を用いた観察研究であるため、因果関係を結論づけることはできていません。母乳育児をするか粉ミルクを用いるかをどのように決めたかといったことにかかわる要因や、授乳時に起こる様々なトラブル(乳首が切れる、乳腺炎になるなど)を考慮できていないこと、妊娠中に希望していた栄養方法を調べていないこと、6か月間の栄養方法の回答は6か月時点の記憶に頼って得たものであること、産後うつの評価基準に臨床的な面接や診断を用いていないこと、オキシトシン濃度を測定していないことなど、不十分な点もあります。
 今後、上に挙げた課題について検討することで、母乳育児を推奨しつつ、様々な要因で母乳育児が困難なお母さんたちにも、より実生活に合った具体的な情報提供や支援が可能になっていくと考えられます。

※この研究成果は英国の精神医学系専門誌「Journal of Affective Disorder」に2021年2月11日にオンライン掲載されました。

Shimao M, et al. Influence of infants’ feeding patterns and duration on mothers’ postpartum depression: A nationwide birth cohort –The Japan Environment and Children’s Study (JECS) Journal of Affective Disorders. 2021.

エコチル調査富山ユニットセンター
 2021年3月

ちょっと詳しく

完全母乳育児について

 母乳育児は、母児ともに良好な影響を与えることから推進されてきました。2018年WHOとユニセフによる「母乳育児成功のための10ヵ条」が発表され、母親が分娩後30分以内に母乳育児を開始し、その後6か月間の粉ミルクを与えずに母乳で育てる「完全母乳育児」ができるようサポートすることが提言されました。
 一方、病気の治療ゆえ母乳育児ができない場合や、乳首に傷や痛みが生じることで授乳がうまくいかない場合もあります。母乳育児は可能な限り取り組みたいものですが、母乳育児ができないことでの罪悪感などの負の感情が生じないよう、周囲の温かいサポートが重要です。

エジンバラ産後うつ質問票

 産後うつは13~15%のお母さんに起こると言われており、比較的多くの方が悩まされる症状です。産後の急激なホルモンバランスの乱れや、赤ちゃん中心の生活パターンへの変化など多くのことが関わって発症すると考えられています。産後うつの程度は様々ですが、フォローすべき人を早期に見つけるために産後2週目と4週目の健診時にお母さんの心の状態を評価し、必要がある場合に支援を行うことが推奨されています。この判断に使われている指標の1つが、エジンバラ産後うつ質問票(EPDS)です。
 EPDSは10項目の質問があり、3点=とてもそう思う、2点=そう思う、1点=あまりそう思わない、0点=全くそう思わないといったような4つの選択肢で回答します(点数は逆転する場合があります)。産後うつの程度が悪いと得点が高くなるように作られており、支援の必要性の判断に用いられています。