エコチル調査でわかったこと

産後うつを簡易予測!手書きで利用可能な診断モデルを日本で開発:エコチル調査

背景と目的

 産後うつは一般的な精神疾患であり、発症率は10~15%とされています。その大半は自然に回復しますが、一部のケースでは慢性化し、母子の健康や子どもの発達に重大な影響を及ぼすことがあります。特に、6か月を超える持続型の産後うつは公共健康上の課題とされています。
 近年、機械学習を活用した産後うつ予測モデルの開発が進んでいます。しかし、多くのモデルは高度な技術や電子カルテへの依存が強く、対面場面における利用の実用性に課題がありました。
 本研究では、これらの課題を解決するため、妊娠中に得られるデータのみを用いて、産後6か月を超える持続型の産後うつを簡易で実用的に予測可能な意思決定ツリーモデルを開発しました。

研究概要

対象者 エコチル調査に登録された84,091名の母親
データ収集 妊娠中および産後1か月、6か月時点に行われたアンケートおよび医療記録からの転記
方法 機械学習の一種である決定木を使用し、意思決定ツリー型の予測モデルを構築。ランダムに振り分けた58,635名の母親のデータを用いて学習を実行した上で、残りの25,456名の母親のデータを用いて検証
主要指標
  • 6か月を超える持続型の産後うつ:
    エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS:「ちょっと詳しく」参照)において、産後1、6か月の両時点で9点以上と定義
  • モデルの性能(「ちょっと詳しく」参照):
    ROC曲線下面積、感度、特異度など

主な成果

  1. 簡易モデルの開発
    • 最大3つの質問で分類可能な意思決定ツリーを作成(図1、「ちょっと詳しく」参照)
    • 84の候補変数(身体計測学的、社会経済的、人口統計学的要因、および身体・精神的健康、生活習慣、睡眠、性格特性、血圧、コレステロールなどの血液指標など)から、機械学習により抽出された10項目に基づき予測
    • 予測精度が高く、曲線下面積(AUC)は0.84を達成(一般に0.80以上で良好とされる)
    • 感度は76.0%と良好(持続型の産後うつと判定された母親の76.0%を、妊娠中から「陽性」と正しく予測)
    • 特異度も76.8%と良好(持続型の産後うつでないと判定された母親の76.8%を、妊娠中から「陰性」と正しく予測)
  2. 重要な予測要因
    • 「自分は価値のない人間だという感じ」や「そわそわしたり落ち着かない感じ」「気分が沈み込んで気が晴れない感じ」などの心理的要因
    • 「感情的サポート」の程度
    • 「うつ病の既往歴」
    • いくら寝ても「寝不足」のような感じ
  3. 実用性の高さ
    • 手書きでの利用が可能な上、機械学習一般についての専門知識が不要
    • 実施者だけでなく、母親への負担も少なく、容易に回答可能

考察と限界

 本研究では、最大深度3、分岐数4、使用質問数10というシンプルながら、曲線下面積(AUC)が0.84、感度76.0%、特異度76.8%と、実用に十分な精度を持つ意思決定ツリーを作成することに成功しました(図1、「ちょっと詳しく」参照)。抽出された10変数のうち、産後うつの予測に最も寄与した変数はK6質問票(「ちょっと詳しく」参照)の「無価値感」でした。この結果は、近年の「うつの最も重要な原因は無価値感である」という複数の報告(Ebrahimiら. BMC Med. 2021;19: 317、Skjerdingstadら. Eur Psychiatry, 2021;64:e50)や、「低い自尊心が産後うつの最も強力な予測因子である」という代表的な研究(Beck. Nurs Res. 2001;50:275–285)とも一致しています。
 さらに、58,635名のデータを用いて学習されたモデルを、25,456名のデータを用いて検証することにより、過学習(訓練データに適応しすぎて新しいデータでの予測精度が低下する現象)が発生していないことも確認しています。
 本研究の限界としては、持続型の産後うつの評価に自己記入式質問紙を使用している点や、持続型の定義を産後6か月という比較的短い期間に設定していることが挙げられます。

意義と展望

 本研究で開発した意思決定ツリーモデルは、保健センターや産婦人科など、日本国内における母子保健現場での活用が期待されます。特別なトレーニングを必要とせず、簡単に実施可能であることが特徴です。今後は、日本をはじめとする高所得国でさらなる精度検証を行い、簡便さを保ちながら予測精度の向上や適用範囲の拡大を目指します。また、低・中所得国でも検証を進めることで、医療現場や地域保健での広範な普及が期待されます。

図1. 持続型の産後うつを簡易に予測する意思決定ツリーモデル
灰色の塗りつぶしの枝は、出産後に持続型の産後うつのリスクが高くなると予測されるケース。
K6:ケスラー心理的苦痛尺度(「ちょっと詳しく」参照)、M:欠損値。
n = 58,635 分岐条件はすべて、妊娠中に測定された変数で構成されている。
K6と睡眠に関する項目は、過去30日間の状況について尋ねている。

 この研究成果は、精神医学系専門誌「Journal of Affective Disorders」に2025年1月15日に掲載されました(オンライン先行掲載:2024年10月9日)。

Matsumura K et al. Decision tree learning for predicting chronic postpartum depression in the Japan Environment and Children’s Study.

エコチル調査富山ユニットセンター
 2025年1月

ちょっと詳しく

エジンバラ産後うつ病質問票
(EPDS)

 産後うつの判断に使われている指標の1つです。この質問票には10項目の質問があり、3点=とてもそう思う、2点=そう思う、1点=あまりそう思わない、0点=全くそう思わない、といった4つの選択肢で回答します。産後うつの可能性が高いと得点が高くなるように作られています。本研究においては、過去の日本国内の研究で示された「9点以上」を産後うつ「陽性」と判定する基準を、それぞれの時点に適用しました。

モデルの性能
  • 感度:疾患を持った人のうち、その所見がある人の割合(今回だと、産後1,6か月時点で持続型の産後うつだった人のうち、妊娠中から「陽性」と正しく予測できた人の割合)。
  • 特異度:疾患を持たない人で、その所見がない人の割合(今回だと、産後1,6か月時点で持続型の産後うつでなかった人のうち、妊娠中から「陰性」と正しく予測できた人の割合)。
  • ROC曲線:感度・特異度を視覚的に表したグラフ。この曲線下面積の大きさで、予測モデルの精度の優劣を比較します。
ケスラー心理的苦痛尺度
(K6質問票)

 抑うつや不安といった、産後うつとも関連の高い「非特異的な心理的苦痛」を測定するためにケスラー博士によって開発された質問票です。名前の通り6項目の質問から構成されており、4点=いつも~0点=全くない、の5段階の選択肢で回答します。苦痛が高いほど得点が高くなるように作られています。

意思決定ツリー型の持続型の
産後うつ予測モデルの使い方

 妊婦さんに対し、図1の左の質問から入って頂き、たどり着いた先の枝に記載されているパーセント(%)の数字が、出産後に持続型の産後うつと判定される予測値です。ここで、(=a/b)のbの数字は、モデル作成時に対象とした58,635名のうち、その枝に当てはまった妊婦さんの数、aの数字は、実際に持続型の産後うつと判定された母親の数です。

*本研究は自己評価に基づく産後うつの基準を用いているため、医師による臨床診断と必ずしも一致しない点に注意が必要です。