エコチル調査でわかったこと

産後うつだけではない―エコチル調査で見えた母親のボンディング形成不全の実態と関連因子

背景と目的

 出産は新しい生命の誕生を迎える非常に喜ばしい出来事である一方で、母親に多くのストレスや課題をもたらすのも事実です。産後に母親が抱える課題の中でも、最も中心的かつ重要な心理的過程は、誕生した子どもとの絆を形成することとされています。母親から子どもへと一方向に向かう絆や愛情は「ボンディング」と呼ばれ(「ちょっと詳しく」を参照)、産後1年をかけて発展していきます。このボンディングの形成過程が何らかの理由で阻害された状態を「ボンディング形成不全」といいます。
 ボンディング形成不全は、赤ちゃんに対する疎遠感や冷淡さ、無関心、愛情の欠如、さらには怒りや敵意などを特徴とします。なお、ボンディング形成不全は、母親に抑うつが認められない場合でも生じることがあります。ボンディング形成不全は、子どもの虐待や精神障害、学習障害のリスク因子とされており、産後うつよりも深刻な問題である可能性が指摘され、長期的な悪影響が懸念されています。
 行政主導による現行の周産期保健医療システムでは、産後うつについてはエジンバラ産後うつ病自己評価票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:以下、EPDS)によるスクリーニングが全国的に普及しており、陽性者に対する支援体制も整備されています。しかしながら、EPDSで陰性と判定された場合、ボンディング形成不全を有する母親は医療者の目に留まりにくく、支援対象として見逃されているのが現状です。
 そこで本研究では、全国規模の出生コホート調査である「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて、産後うつが認められない場合におけるボンディング形成不全の発生頻度および関連因子について検討しました。

研究概要

  • エコチル調査に登録された、計104,059組の母子のデータの内、子どもの性別やボンディングに関する回答等が不完全なデータ、および産後1か月と6か月においてEPDSが陽性であった母親を除き、合計64,938組の母子ペアを分析しました。
  • ボンディング形成不全の評価は産後1年時に、赤ちゃんへの気持ち質問票(Mother-to-Infant Bonding Scale Japanese version:以下、MIBS-J)を用いて、合計5点以上をボンディング形成不全と定義しました。下位因子である、愛情の欠如(Lack of Affection:以下、LA)、怒りと拒絶(Anger and Rejection:以下、AR)はそれぞれの関連質問項目の合計が3点以上と定義しました。
  • 曝露因子には以下の30項目(□内を参照)を設定し、どれが最も強い関連を示すかをロジスティック回帰分析により検討しました。

曝露因子:年齢、BMI、初産、つわり、飲酒歴、喫煙歴、オメガ3多価不飽和脂肪酸摂取量、精神疾患の既往、妊娠判明時の気持ち、母親の最終学歴、世帯収入、就労の有無、ソーシャルサポート、在胎週数、何をしても泣き止まなかった経験、先天性疾患、性別、多胎、不妊治療、無痛分娩、早期皮膚接触、母子同室、早期授乳、妊娠合併症、精神的DV、身体的DV、婚姻状況、子どもの抱きづらさ、子どもを連れて外出するか、授乳方法

主な結果

 産後1か月と6か月において産後うつを経験していない母親における産後1年時点でのボンディング形成不全の発生頻度は7.7%でした。下位因子であるLAは3.9%、ARは11.6%でした。
 産後うつを経験していない母親のボンディング形成不全と最も強い関連因子は、「産後1か月時点で赤ちゃんが不機嫌(ぐずったり泣いたり)やそりかえりなどで抱きにくさを感じること(調整オッズ比:3.45 [95%信頼区間:2.96-4.03])」でした。
 次に強い関連因子は、「妊娠判明時の否定的な感情(調整オッズ比:2.42 [95%信頼区間:2.20-2.65])」と、「高いソーシャルサポート(調整オッズ比:0.45 [95%信頼区間:0.41-0.49])」でした。
 下位因子であるLAと最も関連の強い因子は「妊娠判明時の否定的な感情(調整オッズ比:2.50 [95%信頼区間:2.22-2.83])」であり、ARと最も関連の強い因子は「抱きにくさ(調整オッズ比:3.17 [95%信頼区間:2.78-3.61])」でした。

考察と限界

 本研究は、産後うつのスクリーニングでは見逃される可能性の高いボンディング形成不全が7.7%存在することを明らかにしました。母子関係において潜在的リスクを抱える母子が決して少なくはない、一定の頻度で存在していることを示しています。また、下位因子であるLAとARの発生頻度についてはARの方が比較的高い頻度でみられることが明らかとなりました。
 また、産後うつを経験していない母親のボンディング形成不全と最も関連の強い因子が「抱きにくさ」であったことは本研究の新知見です。赤ちゃんが泣いていたり、そりかえったりしている時に抱きにくいと感じる頻度が高ければ高いほど、産後1年後にボンディング形成不全のリスクも高いことが明らかとなりました。1か月健診において、母親の赤ちゃんの抱きにくさについて尋ねることで、ボンディング形成不全であるリスクを評価し、早期発見に寄与できる可能性が示唆されました。
 さらに、妊娠判明時の否定的な感情はボンディング形成不全の強いリスク因子として、先行研究でも報告されていますが、本研究においても同様の結果となりました。ボンディング形成は妊娠判明時から始まっている可能性を示唆しており、妊娠初期から母親に対して何らかの介入、支援をすることの重要性を示唆しています。
 ソーシャルサポートはボンディング形成不全の保護因子である可能性があります。母親が気軽に相談できたり、愛情や好意を示してくれる人が身近にいたり、信頼できる人と望む程度の連絡を常にとっていることが、母親のボンディング形成に好影響をもたらす可能性が示唆されました。
 本研究の限界としては、ボンディング形成不全の評価と同時期に産後うつの評価をしていないことが挙げられます。産後1か月と6か月に産後うつを経験していなくても、産後1年時点では産後うつである母親も一定数存在していると考えられます。本研究では産後1年時点でのボンディング形成不全が産後うつを伴うものか、伴わないものかを調べることができませんでした。また、本研究は観察研究であり、ボンディング形成不全と強い関連を示した各因子との間に因果関係があるかどうかを検証したものではありません。したがって、例えば「ソーシャルサポートが低いからボンディング形成不全になる」という原因・結果を示すものではありません。

意義と展望

 産後うつを経験しなかった母親において、産後1年時点でボンディング形成不全である割合は7.7%でした。EPDSによるスクリーニングでは見逃される可能性の高い、潜在的なリスクを抱えた母子が一定数存在することが本研究により明らかとなりました。EPDSのみならず、MIBS-Jを用いた二軸評価の重要性と、母子支援の重点化の根拠になりうる結果と考えられます。また、産後うつを経験しない母親におけるボンディング形成不全の最も強い関連因子は、不機嫌な赤ちゃんに対する「抱きにくさ」でした。ボンディング形成不全を早期発見するための重要な知見だと考えられます。
 今後は、母親が不機嫌な赤ちゃんに「抱きにくさ」を感じる場合に、どのような支援を提供することが母子関係構築に貢献するのかについて検討していきたいです。

 この研究成果は、国際的な医学系専門誌「Archives of Women's Mental Health」に2026年6月3日に掲載されました。

Factors associated with mother-to-infant bonding difficulties without prior postnatal depression at 1 and 6 months after childbirth: the Japan Environment and Children’s Study (JECS)

エコチル調査富山ユニットセンター
 2026年6月

ちょっと詳しく

ボンディングとは?

 母親が子どもを愛し、世話したい、守りたいと思う情緒的絆のことを指し、一般的にボンディングと呼ばれます。この感情を評価するために、イギリスの研究者KumarとMarksらが「Mother-Infant Bonding Scale」を開発しました。各質問は赤ちゃんへの肯定的・否定的な気持ちを尋ねるもので、0,1,2,3点の4件法で回答し、各回答からの得点で評価します(点数が高いと否定的な感情が強いとみなします)。日本では、九州大学の吉田らが翻訳し、赤ちゃんへの気持ち質問票として確立しました。

赤ちゃんへの気持ち質問票(Mother-to-Infant Bonding Scale Japanese version)
  1. 赤ちゃんをいとおしいと感じる
  2. 赤ちゃんのためにしないといけない事があるのに、おろおろしてどうしていいかわからない時がある
  3. 赤ちゃんの事が腹立たしく嫌になる
  4. 赤ちゃんに対して何も特別な気持ちがわかない
  5. 赤ちゃんに対して怒りがこみあげる
  6. 赤ちゃんの世話を楽しみながらしている
  7. こんな子でなかったらなあと思う
  8. 赤ちゃんを守ってあげたいと感じる
  9. この子がいなかったらなあと思う
  10. 赤ちゃんをとても身近に感じる

参考:公益財団法人 母子健康協会

ソーシャルサポート

 社会において人と人とのつながりの中から得られる精神的・物質的支援のことであり、具体的には、親しい人からの感情的サポート(例:辛い時に励ましてくれる、愚痴を聞いてくれる)、道具的サポート(例:お金をくれる、直接力を貸してくれる)、情報的サポート(例:問題解決へのアドバイスをくれる、良い解決法を教えてくれる)、等に細分化できます。今回、使用したソーシャルサポートの質問項目は、感情的サポートであり、「精神的な支えとなる人」、「愛情や好意を示してくれる人」、「信頼できる人と連絡できる程度」を尋ねました。本研究では、これら3つの質問に「常にいる」、「常に連絡をとっている」と回答された場合に、ソーシャルサポートが高いと判定しました。