母乳で育った子どもは「睡眠不足が少ない傾向」−エコチル調査からの8万人超の結果より−
■ 研究の背景
乳児期に睡眠時間が短いことは、将来的な肥満や行動面の問題、学習能力の低下などと関連することが報告されています。この時期に十分な睡眠を確保することは、その後の身体的・精神的発達にとって重要であると考えられています。乳児は成長とともにまとまった時間の睡眠をとるようになりますが、新生児期には2〜3時間おきに目覚めて授乳が必要となるため、保護者にとっても大きな負担となります。
母乳は感染症予防や長期的な健康への好影響など、さまざまな利点が知られており、世界保健機関(WHO)も生後6か月間の母乳栄養を推奨しています。一方で、「母乳では眠らないのではないか」、「人工乳の方が長く眠るのではないか」といった疑問や認識も広く見られます。母乳は消化が良いため空腹になりやすく、授乳間隔が短くなると考えられていることから、乳児の睡眠を考慮して栄養方法を選択する保護者もいると考えられます。
しかし、乳児期の栄養方法とその後の睡眠との関連について、大規模な疫学研究による検討はこれまで限定的でした。そこで本研究では、乳児期の栄養方法(母乳および人工乳の組み合わせとその期間)と、1歳時の睡眠時間との関連を検討しました。
■ 対象・方法
対象は、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加した82,918人のお子さんです。生後6か月までの栄養方法により以下の4群に分類しました。
- 完全人工栄養6か月(母乳を一切与えていない)
- 母乳6か月未満(人工乳を与え、かつ、母乳を与えた期間が6か月未満)
- 母乳6か月+人工乳(人工乳は与えつつ、母乳を6か月間継続)
- 完全母乳6か月(6か月間、母乳のみ与えた)
1歳時点の睡眠時間については、保護者が回答した質問票より算出し、11時間未満であったお子さんを「睡眠不足」と定義しました。これは米国National Sleep Foundationが示す推奨睡眠時間を参考に設定したものです。
解析には多変量ロジスティック回帰分析を用い、母親の年齢、家庭の社会経済状況、妊娠経過、出生状況、育児環境などの影響を統計学的に調整した上で関連を評価しました。
■ 主な結果
完全人工栄養6か月であった子と比較した場合、睡眠不足となるリスクは以下の通りでした。
- 母乳6か月未満→ 0.84倍
- 母乳6か月+人工乳→ 0.79倍
- 完全母乳6か月→ 0.77倍

母乳を与えたいずれの群も、睡眠不足の子が少なくなる傾向が認められました。
■ 考察
本研究では、乳児期の栄養方法と1歳時の睡眠との間に関連がみられ、栄養方法が睡眠リズムの形成と関係している可能性が示唆されました。
その背景として、母乳に含まれる生理活性物質の関与が考えられます。母乳には、体内時計の調節に関わるホルモンであるメラトニンが含まれており、睡眠の質の向上や入眠の促進に関与するとされています。新生児は生後しばらくの間、自ら十分なメラトニンを分泌することができないため、母乳由来のメラトニンが睡眠リズムの形成に寄与している可能性があります。さらに、母乳にはメラトニンの前駆体であるトリプトファンも含まれており、その濃度は夜間に高くなることが知られています。これらの成分が相互に作用することで、乳児の概日リズムの発達に関与している可能性があります。
加えて、母乳栄養は乳児の腸内細菌叢の形成にも影響することが知られており、腸内環境を介した経路も考えられます。近年、腸と脳が相互に影響し合う「脳腸相関(gut–brain axis)」の重要性が指摘されており、腸内細菌が神経発達や睡眠調節に関与する可能性が報告されています。母乳栄養と人工栄養では腸内細菌叢の形成過程が異なることから、こうした違いが睡眠リズムの形成に関連している可能性も考えられます。
ただし、本研究は観察研究であり、栄養方法と睡眠との関連を示したものであって、これらの生物学的メカニズムを直接検証したものではありません。睡眠時間および授乳状況はいずれも保護者による質問票に基づいて評価されているため、測定誤差や回答バイアスの影響を受ける可能性があります。また、睡眠環境などの未測定要因の影響も否定できず、観察された関連の大きさも比較的小さいことから、因果関係の解釈には慎重さが求められます。
これらの限界はあるものの、母乳で本当に子は眠ってくれるのか、また栄養学の進歩により人工乳の方が子にとって望ましいのではないかといった、漠然とした疑問や認識を持たれている方々に対し、本研究はその前提をデータに基づいて再考する契機となるものと考えられます。今後は、こうした関連が長期的な発達にどのようにつながるのかを追跡するとともに、ホルモンや腸内細菌などの生物学的指標を直接評価する研究により、そのメカニズムをより詳細に明らかにしていく必要があります。

この研究成果は、ヨーロッパの栄養学系専門誌「European Journal of Clinical Nutrition」に2026年3月31日にオンライン掲載されました。
エコチル調査富山ユニットセンター
2026年4月
ちょっと詳しく
睡眠不足の定義
米国のNational Sleep Foundation は1歳から2歳時点の推奨睡眠時間を11~14時間、3歳から5歳時点の推奨睡眠時間を10~13時間としています。年代ごとに細かく推奨する睡眠時間を設定しています。
https://www.sleepfoundation.org/press-release/national-sleep-foundation-recommends-new-sleep-times
母乳育児について
母乳育児は、母児ともに良好な影響を与えることから推進されてきました。2018年WHOとユニセフによる「母乳育児成功のための10ヵ条」が発表され、母親が分娩後30分以内に母乳育児を開始し、その後6か月間は粉ミルクを与えずに母乳で育てる「完全母乳育児」ができるようサポートすることが提言されました。
一方、病気の治療ゆえ母乳育児ができない場合や、乳首に傷や痛みが生じることで授乳がうまくいかない場合もあります。母乳育児は可能な限り取り組みたいものですが、母乳育児ができないことでの罪悪感などの負の感情が生じないよう、周囲の温かいサポートが重要です。