エコチル調査でわかったこと

帝王切開と育児ストレスの関係:エコチル調査

■ 研究の内容

 育児ストレスとは、子どもからの育児要求が、親の育児資源を超えたときに発生するストレスのことです。育児ストレスは、親側に起因する要因(たとえば、健康状態が良くない)と、子ども側に起因する要因(たとえば、手が掛かり過ぎる)とに大別されます。育児ストレスの増加は、(1) 児童虐待のリスク増加、(2) 不適切な育児行動、(3) 親の生活の質の低下、(4) 家庭内でのコミュニケーションの悪化、(5)家族および子どもの感情的および行動的問題のリスク増加につながる可能性があります。したがって、育児ストレスの増加は、重大な公衆衛生上の懸念と考えられています。

 育児ストレスを増大させる可能性のある要因の1つは帝王切開です。帝王切開による出生数は世界中で増え続けており、海外の研究チームから発表された大規模な観察研究では、帝王切開に関連する育児ストレスの増加が報告されています。この関連の背景にある正確なメカニズムは分かっていませんが、帝王切開に起因する、長期にわたる身体的痛みが何らかの関与をしている可能性があります。経膣分娩と比較して、帝王切開は分娩後数年経っても痛みが残ることも多く、この痛みにより、育児要求に対処するための母親の育児資源が減少すると考えられます。また、帝王切開は子どもの喘息、肥満、ストレス関連障害などの小児疾患にも関連していることが報告されており、こうした状態の悪化が、子どもからの育児要求をより強くする可能性があります。しかし、帝王切開と育児ストレスとの関係はまだ十分に理解されているとはいえず、特に、帝王切開による育児ストレスの増大が、母親自身に関係するのか、子どもに関係するのか、またはその両方と関係するするのか、という点が分かっていませんでした。

 そこで本研究では、エコチル調査に参加している65,235人の母親を対象として、分娩方法(帝王切開または経膣分娩)と、出産後1.5、2.5、および3.5年時点での育児ストレスとの関係を明らかにしようとしました。

 育児ストレスの計測については、19の質問項目からなる日本版「育児ストレスインデックス・ショートフォーム」を使いました。この育児ストレス尺度によって、母親が育児に対して感じる“育児ストレス”を、(1) 子どもが元気すぎる、手が掛かる、注意を維持するのが難しい、といった“子どもに起因するストレス”、(2) これまで楽しめていたことが楽しめない、何事も上手く出来ない、相談できる友達がいない、といった“母親自身に起因するストレス”、(3) 配偶者(夫)が全然手伝ってくれない、子どもがいることによって問題が生じている、といった“配偶者に起因するストレス”、の3要因に分けて調べました。

 解析の結果、帝王切開をしたグループでは、経膣分娩をしたグループと比べ、「育児ストレスインデックス・ショートフォーム」の総合得点が、若干ではあるものの、統計的に有意に高いことが確認されました(図1赤字、表1)。また、この原因として、“子どもに起因するストレス”得点の違いが、総合得点の違いに寄与していることも分かりました。

図1.分娩様式別、出産からの評価時点別、要因別の調整済み育児ストレス得点*
(*年齢・社会経済的要因・分娩歴・産科既往歴・居住地域など計18変数で調整済み)
表1.分娩様式別、評価時点別、要因別の調整済み*育児ストレス得点(標準誤差)

——:基準得点
太字:統計的に有意な違いが認められたもの
(*年齢・社会経済的要因・分娩歴・産科既往歴・居住地域など計18変数で調整済み)

 “子どもに起因するストレス”得点が帝王切開のグループで高かった理由として、精神疾患、神経発達障害、アレルギー疾患、肥満などが帝王切開で生まれた子どもに多いことが考えられます。帝王切開で生まれたお子さんでは、腸内細菌そうの多様性が低いと報告されていますが、これまでに腸内細菌そうの多様性の低さは、精神疾患発症と関連すると報告されています。また、生まれてくるときに産道を通るという強いストレス経験が、その後のストレス反応系の発達に重要という指摘がありますが、これを迂回したことにより、強いストレスを感じた際に上手く反応できなくなってしまっているとの報告もあります。これらを踏まえ、帝王切開が子どもの精神疾患、神経発達障害、ストレス反応、アレルギー疾患、肥満などに与える影響について、引き続き注意深く見守っていく必要があります。

 “母親に起因するストレス”得点は帝王切開のグループで高くはありませんでしたが、「育児ストレスインデックス・ショートフォーム」の項目を個別にみた場合、「体調不良や身体に痛みがある」という質問項目では、帝王切開の場合に得点が高くなっていました。帝王切開後、数年に渡って痛みが続く場合もあるとの報告もあるため、こうした側面にも、今後注意していく必要があると考えられます。

 本研究の限界として、(1) 医療カルテの転記から分娩様式を判断しましたが、帝王切開が選択(予定)か緊急かについてのデータが利用不可能であったこと、(2) 育児ストレスの高い母親が調査から脱落し、育児ストレスの低い母親だけが残るという「選択バイアス」が生じている可能性があること、(3) 本件は調査研究であるため、多くの交絡因子で調整した解析をしてはいるものの、因果関係そのものまでは扱えていないこと、などが挙げられます。今後は、以上を踏まえたさらなる研究が必要だといえます。

 この研究成果は、精神医学系専門誌「European Psychiatry」に2023年2月15日に掲載されました(オンライン先行掲載:2023年1月24日)。

Cesarean section and parenting stress: Results from the Japan Environment and Children's Study

エコチル調査富山ユニットセンター
 2023年3月

ちょっと詳しく

日本版「育児ストレスインデックス
・ショートフォーム」

 「育児ストレスインデックス」の短縮版で、簡単かつ短時間で育児ストレスを測定できるツールです。この質問紙を用いることにより、親の育児ストレスや親子や家族の問題などを測ることで、援助の必要なケースの早期発見や、それらに対する援助やプログラムの効果を知ることに役立ちます。昨年2022年に、その信頼性や内部構造に関する検証論文がエコチル調査富山ユニットセンターから出版されており(Hatakeyama et al. 2022, Sci Rep, 12, 19123; DOI: 10.1038/s41598-022-23849-8)、本研究では、この研究結果に基づき、「子ども」、「母親」、「配偶者」という3つの要因に分けて分析しました。