帝王切開と子どもの発達、全体として差は認められず―エコチル調査からみえた男女差の可能性―
研究の背景
帝王切開は、母体や胎児の健康を守るために実施される重要な分娩方法であり、近年その割合は世界的に増加しています。世界保健機関(WHO)によると、帝王切開率は1990年の約7%から現在では21%へと上昇し、推奨される10~15%を大きく上回っています。日本の帝王切開率は約20〜25%で、近年は増加傾向にあります(厚生労働省『医療施設調査』より)。適応には胎児機能不全や母体合併症などの医学的理由に加え、母親の希望や社会的・文化的背景なども含まれるとされています。こうした増加に伴い、分娩方法が子どもの健康や発達に及ぼす影響への関心が高まっています。これまでに帝王切開と小児期の疾患や発達遅延との関連が報告されており、特に言語発達の遅れは重要な課題とされています。
本研究では、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」のデータを用いて分娩方法と3歳時の発達(ASQ-3による評価)との関連について検討しました。
対象・方法
本研究の対象は、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加した母子53,716組としました。児の発達に影響を及ぼす可能性のある「妊娠合併症」、「児の先天異常」「分娩時の臍帯動脈血pH値<7.0」「胎児機能不全」「早産児」「低出生体重児」を分析対象から除外し、健常な単胎の正期産児のみを分析対象としました。分娩方法は、診療記録に基づき帝王切開と経腟分娩の2群に分類しました。3歳時の発達は、保護者が回答する「Ages and Stages Questionnaires, Third Edition(ASQ-3)」を用いて評価しました。ASQ-3は、コミュニケーション、粗大運動、微細運動、問題解決、個人・社会性の5領域から構成され、各領域6項目、計30項目について3段階で評価し、各領域の合計得点を算出します。本研究では、各領域においてMezawaら(2019年)の基準を用い、設定された目安の値(カットオフ値)を下回った場合を発達遅延の疑いありと定義しました。分娩方法と発達との関連は、ロジスティック回帰分析を用いて検討しました。また、調整変数には、母親の年齢、BMI、経産回数、既往歴、婚姻状況、就労状況、最終学歴、世帯収入、飲酒習慣、喫煙習慣、妊娠判明時の否定的感情、児の性別、在胎週数、出生体重、骨盤位の有無、母親の自閉症傾向を投入し、結果に影響を与える可能性のある要因を調整した解析を行いました。
主な結果
まず、解析対象53,716例のうち、帝王切開は7,799例(14.5%)、経腟分娩は45,917例(85.5%)でした。帝王切開の母親は、経腟分娩の母親と比べて年齢が高く、肥満の割合が高い傾向がみられました。3歳時点で発達遅延の疑いがある割合は、コミュニケーション3.5%、粗大運動3.9%、微細運動7.0%、問題解決6.8%、個人・社会性2.9%でした。
次に、分娩方法と3歳時の発達との関連を見ると、帝王切開で生まれた子どもは発達の遅れがやや多い傾向がみられましたが、年齢や生活背景などの要因で調整すると、全体として有意な関連は認められませんでした。一方、性別ごとの解析では、他の要因(母親の年齢や生活背景など)をそろえて比較した場合、男児では粗大運動において約1.3倍(調整オッズ比 1.27, 95%信頼区間 1.07–1.49)(図1)、女児では微細運動において約1.3倍(調整オッズ比 1.34, 95%信頼区間 1.11–1.63)(図2)、帝王切開で生まれた子どものほうが発達の遅れがみられる可能性が高いことが示されました。

(経腟分娩出生群を1として算出)

(経腟分娩出生群を1として算出)
考察
本研究では、53,716例の母子を対象とした解析の結果、帝王切開で生まれた子どもと経腟分娩で生まれた子どもの間で、3歳時の発達の遅れに大きな違いはみられませんでした。
一方、性別ごとの解析では、帝王切開で生まれた男児では経腟分娩で生まれた男児に比べて27%、粗大運動の発達遅延疑いとなるリスクが高くなり、女児では34%、微細運動において発達遅延の疑いがあるリスクが高くなることが明らかとなりました。
この背景として、分娩時に受ける刺激の違いが影響している可能性が考えられます。経腟分娩では、胎児が産道を通過する際に頭部が回転し、前庭系への刺激が加わるとされており、この刺激は乳児期の運動発達と関連する可能性が報告されています。また、帝王切開では母体の産道を通過しないため、出生直後の腸内細菌叢の形成過程が異なり、いわゆる腸脳軸を介して発達に影響を及ぼす可能性も考えられます。
しかし、これらのリスク差は男児において1.5%、女児において1.1%と比較的小さく、発達には遺伝的要因や家庭環境など多くの要因が複雑に関与しています。そのため、帝王切開であることのみが発達遅延の原因となるわけではありません。実際に、一時的な発達の遅れがその後改善する例も報告されています。
さらに、本研究にはいくつかの限界があります。発達の評価は保護者による自己記入式アンケートに基づいており、子どもの実際の発達状況を完全に反映しているとは限りません。また、3歳時点での評価であるため、その後の発達の変化を十分に捉えられていない可能性があります。加えて、本研究は観察研究であり、帝王切開と発達遅延との因果関係を直接示すものではありません。
これらを踏まえると、本研究の結果は、帝王切開そのものが直ちに子どもの発達に大きな影響を与えるものではないことを示す一方で、個々の発達の経過を丁寧に見守ることの大切さを示しています。発達には幅があり、適切な支援や関わりによって十分に伸びていく可能性があります。今後も子ども一人ひとりの成長に寄り添いながら、長期的な視点での研究の蓄積が期待されます。

この研究成果は、Scientific Reportsに2026年4月14日に掲載されました。
エコチル調査富山ユニットセンター 2026年5月
ちょっと詳しく
ASQ-3
ASQ-3(Ages and Stages Questionnaires, Third Edition)は、乳幼児の発達の様子を評価するための質問票で、世界的に広く用いられています。保護者が日常の子どもの様子をもとに回答する形式で、「コミュニケーション」「粗大運動」「微細運動」「問題解決」「個人・社会性」の5つの領域について発達を確認します。各項目に対して「できる」「ときどきできる」「まだできない」の3段階で評価し、合計点から発達の状態を把握します。
もともとASQ-3は、発達の遅れが疑われる子どもを早期に見つけ、必要な支援につなげることを目的として開発されました。日本語版も作成されており、国内の大規模研究や乳幼児健診などで広く活用されています。ただし、あくまでスクリーニングを目的とした評価であり、診断を行うものではないため、結果の解釈には注意が必要です。
腸脳軸
腸脳軸とは、腸と脳が相互に影響し合うしくみのことを指し、腸脳相関とも言われます。腸内には多くの細菌が存在し、これらが産生する物質や神経の働きを通じて、脳や体の機能に影響を与えると考えられています。出生直後、赤ちゃんの腸内には母親や周囲の環境から細菌が取り込まれ、その構成は分娩方法によって異なる可能性があります。例えば、経腟分娩では母体の産道を通過することで多様な細菌に触れる一方、帝王切開ではその機会が少ないとされています。
近年、腸内環境と免疫や神経発達との関連が注目されていますが、これらの関係についてはまだ研究段階であり、分娩方法が発達に直接影響するかについては慎重に解釈する必要があります。