研究内容

研究内容1:老化と代謝

近年、次々と同定されている寿命関連遺伝子・老化関連遺伝子は、その多くがエネルギー代謝に関連するものであり、さらには現在哺乳類において唯一の非遺伝学的な寿命延長介入法であるカロリー制限は、単純に摂取カロリー量を 60-70%に制限してやることで、マウスでは約20%の寿命延長効果が見られるなど、老化と代謝とは密接な繋がりがある。一方、エネルギー産生の中心であるミトコンドリアは酸化的リン酸化による好気的呼吸で、効率よく大量のATPを産生することができるが、同時に呼吸鎖は活性酸素の主たる発生源でもある。このように、代謝は古くから老化に深く関わっていると考えられているが、そのメカニズムは複雑で、今も諸説が混沌としているのが現状である。当研究室では、「代謝システムから見た老化制御機構の解明」を目標に、細胞内代謝を個々の酵素反応としてだけでなく、システムとして捉え、それらがどのように協調的にコントロールされているのか明らかにするとともに、これらシステムの破綻が引き起こす、がん、生活習慣病といった老化関連疾患との関わりについて研究を行っている。現在我々は、細胞内代謝の中でも、特にミトコンドリアを中心としたNAD代謝や糖代謝に着目しており、質量分析計を用いたメタボロミクス解析や、遺伝子組み換えマウスの解析を組み合わせることで、分子、細胞、個体の各階層から上記の諸問題にアプローチしている。

 


研究内容2:NAD代謝

Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)は生体内で酸化・還元反応を媒介する補酵素として重要であるとともに、脱アセチル化酵素SirtuinやポリADP-リボシル化酵素PAPRといった酵素の基質となり、タンパク質の翻訳後修飾にも関与している。そのため、NADはエネルギー代謝にとどまらず、分化・増殖といった様々な細胞内機能の調節を行っている多機能性分子であると考えられている。特に老化関連分子として重要なSirtuinはNAD依存性の脱アセチル化酵素であり、NAD代謝- Sirtuin経路を介した老化制御機構が注目を浴びている。また、加齢とともにさまざまな組織においてNAD量は減少することが知られており、生体内のNAD代謝機構を介した加齢性変化や疾患への関与が報告されている。哺乳類において、NADはトリプトファンを起点とするde novo合成経路とSirtuinやPARPの反応の副産物であるニコチンアミドを起点とするsalvage経路により合成されている。特に哺乳類においてはsalvage経路が重要であり、Nampt (Nicotinamide phosphoribosyltransferase)とNmnat (Nicotinamide mononucleotide adenylyltransferase)という二つの酵素により媒介されている。我々の研究室では、これらNamptやNmnatの遺伝子改変マウスを用いて、NAD合成に関する基本的な諸問題から、老化や老化関連疾患との関わりまで幅広く研究を行っている。



研究内容3:メタボロミクス

我々の研究室では、NAD代謝をはじめとして、解糖系、ペントースリン酸経路、TCA回路、アミノ酸代謝、核酸代謝などの幅広い代謝経路を研究対象としているが、解糖系を筆頭とした中心代謝の代謝物は、リン酸基のついた非常に極性の高い化合物が多く、HPLCにて通常汎用されるODSカラムでは保持・分離が難しい。我々は、HILICカラムを用いて保持分離するとともに、トリプル四重極LC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析計)によるMRM(Multi Reaction Monitoring)分析を組み合わせることで、これら中心代謝の高極性代謝物を感度良く定量する測定系を構築している。また、一部のアミノ酸や有機酸についてはGC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)を用いて高感度に定量分析を行っている。こうした、最新の解析技術を加えることで、古典的な代謝学の枠を超えて、新たな側面から生体内代謝の役割を明らかにできると考えている。