エコチル調査でわかったこと

赤ちゃんとの愛着形成において分娩様式は関係なかった
(エコチル調査より)

 「対児愛着(ボンディング)」は母親から子どもに向けられる情緒的な関心や愛情のことで、母親が子どもの世話をしたり、守ったりする動機づけにもなります。
 一方で、自分の子どもに対して愛情がわかず、世話をし、守りたいという感情が弱く、イライラしたり敵意を感じたり攻撃したくなるような「ボンディング障害」の症状に苦しむ人もおられます。「ボンディング障害」は虐待を含むマルトリートメント(不適切な養育)につながる危険性も示唆されており、子どもの成長や発達に悪影響を与える場合もあります。

 富山大学の研究グループは以前に、産後うつに関連してボンディングが悪くなることを明らかにしました(Tsuchida et al., Journal of Psychiatric Research 2019Kasamatsu et al., Psychological Medicine 2019)。しかし、産後うつのほかにも、妊娠への否定的感情、配偶者との関係、子の夜泣き、文化的に男児が重んじられる地域では女児であること、帝王切開による出産、などがボンディング障害のリスクであると報告されてきました。

 今回の研究では、上記のうちの帝王切開に着目し、エコチル調査に参加しているお母さん約83,000人の産後1年時点のボンディングの程度を評価し、帝王切開のリスクを検討しました。
 ボンディングは、赤ちゃんへの気持ち質問票を用いて評価しました。この質問票は、10の質問に回答することで、0~30点の得点を算出し、点数が高いほど赤ちゃんに対して否定的な気持ちであるとされています。また10の質問のうち4つの質問から「愛情の欠如」、また別の4つの質問から「怒りと拒絶」を示す気持ちの傾向(「因子」と呼びます)についても検討も行いました。
 帝王切開は、初産で帝王切開になると次の出産時にも帝王切開での出産が選択される場合が非常に多く、これを反復帝王切開と呼びます。また、初産婦と経産婦ではボンディングの傾向がそもそも異なっているため、初産婦と経産婦に分けて、帝王切開になったか否かの比較を行いました。そのうち、経産婦については、反復帝王切開で帝王切開になった人と、2回目以降の出産で初めて帝王切開になった人に分けて、帝王切開がボンディングに与えるリスクを検討しました。

 まず、ボンディングの総得点を初産婦と経産婦で比較したところ、初産婦のほうが高い、すなわち、ボンディングがやや悪くなる傾向が明らかになりました。

初産婦と経産婦で比較グラフ

 次に、「愛情の欠如」について、経膣分娩と帝王切開で比較したところ、初産婦および経産婦のいずれも経膣分娩と帝王切開で差はみられませんでした。

「愛情の欠如」グラフ

 「怒りと拒絶」については、経産時点で初めて帝王切開になった人は、経産時に帝王切開にならなかった人よりもやや高い値を示しました。ただし、統計学的有意差は出ましたが、その差は非常に小さなものであり、帝王切開の方がリスクがあると示せるほど大きなものではありませんでした。

「怒りと拒絶」グラフ

 以上のように、分娩経験別に細かく検討しても帝王切開によってボンディングが著しく悪くなるという傾向はみられませんでした。帝王切開は今や全分娩の約2割近くを占めており、多くの方が経験します。帝王切開の出産でもボンディングに悪影響がないということを示せたことは、これから出産を迎える妊婦さんにとっては安心材料となる情報かと思います。

 しかしながら、本研究では、反復帝王切開や多胎出産などで母親に事前に帝王切開を知らせる「予定帝王切開」と、母体や胎児に問題があって行う「緊急帝王切開」を区別して検討できていません。これまで問題が指摘されたのは、「緊急帝王切開」に限定したものであったので、今後は「緊急帝王切開」について詳細な検討が必要と考えられます。

※この研究成果は精神医学系専門誌「Journal of Affective Disorder」に2020年2月15日付で、オンライン掲載されました。

Yoshida T, et al. Influence of parity and mode of delivery on mother–infant bonding: The Japan Environment and Children's Study. J Affect Disord. 2020 Feb 15;263:516-520.

ちょっと詳しく

ボンディングとは?

 母親が子どもを愛し、世話したい、守りたいと思う情緒的絆のことを指し、一般的にボンディングと呼ばれます。この感情を評価するために、イギリスの研究者KumarとMarksらが「Mother-Infant Bonding Scale」を開発しました。各質問は赤ちゃんへの肯定的・否定的な気持ちを尋ねるもので、0,1,2,3点の4件法で回答し、各回答からの得点で評価します(点数が高いと否定的な感情が強いとみなします)。日本では、九州大学の吉田らが翻訳し、赤ちゃんへの気持ち質問票として確立しました。

赤ちゃんへの気持ち質問票
  1. 赤ちゃんをいとおしいと感じる
  2. 赤ちゃんのためにしないといけない事があるのに、おろおろしてどうしていいかわからない時がある
  3. 赤ちゃんの事が腹立たしく嫌になる
  4. 赤ちゃんに対して何も特別な気持ちがわかない
  5. 赤ちゃんに対して怒りがこみあげる
  6. 赤ちゃんの世話を楽しみながらしている
  7. こんな子でなかったらなあと思う
  8. 赤ちゃんを守ってあげたいと感じる
  9. この子がいなかったらなあと思う
  10. 赤ちゃんをとても身近に感じる

参考:公益財団法人 母子健康協会
http://www.glico.co.jp/boshi/futaba/no77/con01_03.htm


帝王切開

 妊婦さんもしくは赤ちゃんに、何らかの問題が生じて経膣分娩が難しい場合に、子宮を切開する手術によって出産する方法。現在、全出産の約20%の出産が帝王切開による分娩になると言われています(本エコチル調査では18.7%でした)。