エコチル調査でわかったこと

ワンオペ育児の敵は「父の長時間労働」 父親の労働時間が長いほど、わが子とかかわる時間が減る~エコチル調査より~

 赤ちゃんが生まれるとその愛らしさに幸せいっぱいな日々が始まります。しかしその一方で、乳児を育てる夫婦には、授乳・おむつ替え・入浴…等々たくさんの慣れないお世話が一気に押し寄せ、かつ、今まで通りに家事もこなさなければなりません。子育ては、夫婦だけでなく多くの人がかかわってこなしていくものですが、母親がたった一人で育児も家事もすべてを行う「ワンオペ*育児」に関する問題が近年クローズアップされています。

*「ワンオペ」とは「ワンオペレーション」の略です。店舗等においてひとりで業務にあたる状況を指し、家庭においても夫婦のひとりが育児や家事全般をこなす状況が「ワンオペ育児」と呼ばれています。

 我々は以前、父親の育児行動が多いと母親の心理的苦痛が低減する可能性があるという研究結果を報告しました(Kasamatsu H. et al. European Psychiatry, 2021,)。このことは父親が育児行動にかかわれず母親のみのワンオペ育児になってしまうと、母親の心理的苦痛が高くなり心の健康が保てなくなる…ということを示していると考えています。

 こういったことを踏まえて、この度は、父親の育児行動を妨げる要因として、我々は父親の労働時間に着目しました。もし両者の量的な関係がわかれば、父親の育児を推奨するための労働時間の指標を明確にできるかもしれません。そこで、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)に参加する43,159組の夫婦について、父親の労働時間の長さと育児行動の頻度の関連を検討しました(図1)。

 父親の育児行動として評価したのは、「室内で遊ぶ」、「外で遊ぶ」、「おむつ替え」、「着替え」、「お風呂に入れる」、「食事の介助」、「寝かしつけ」の7項目です。父親がこの7項目を取り組む頻度について、対象の子どもが生まれて6か月のころの状況を母親が評価しました。そして、父親の育児頻度を「しない」、と「する」の2段階に分け、「しない」ことと関連する要因を検討しました。「父親の労働時間」は、1週間当たりの就業時間について父親自身が回答した結果に基づき集計しました。

図1 本研究の情報収集の方法

 その結果、調べた7つの育児行動はいずれも、父親の労働時間が長ければ長いほど「しない」という状況が増えるという関連が確認されました。とくに週65時間超働いている父親はいずれの行動もしない率が高くなりました(図2)。

図2 父親の労働時間と育児行動の関連
父親の労働時間は1週間当たりの時間(h)数で6群に分けた。ここでは、40時間以下という集団の育児行動を実施する率を基準に、各労働時間群の状況を比較した。65時間超の群はどの行動も「しない」場合が多かった。

 一週間の法定労働時間は40時間と設定されています。従って今回の群分けで40時間を超える人たちは、いずれも残業をしている人々です。本研究は、労働時間の法改正が行われた2019年以前の2011年から2014年にかけて取得したデータになります。法改正前の情報ですので、現在罰則の対象となるような週当たり15時間超の残業をしている「55時間超65時間以下」、「65時間超」という区分があるのですが、これらの人が少ないためにこのような結果が偶然出てしまったというわけではありません。

 労働時間別の集計を行いますと、本解析対象者約43,000名の父親のうち「55時間超65時間以下」の人が16.2%、「65時間超」という人が15.2%もいて、この当時は決して少数派ではなく、他の労働時間区分の頻度とさほど変わらない人数がいる状況でした(図3)。

図 3 父親の1週間当たりの労働時間

 以上のことから、ここで見えてきた結果は決して珍しい集団に対してたまたま起こってしまった結果ではないと考えています。現在の法定基準以上の時間数の労働をしている父親たちは、子育てに割く時間が非常に制限されていた状況がわかりました。

 「父親が働きすぎだと育児にかかわれない」という結果は、あらためて言われるまでもなく、実際の生活からも肌感覚で感じられるものかもしれません。しかし、日本全体をカバーするような大規模な研究集団から得られた結果を示した研究は今までありませんでした。また、日本以外の国で、日本ほど長時間労働している人々がいる国というのも非常に限られています。以上のことから、本研究は、父親の労働時間が父親自身の子育て行動に関連しているということを示した非常に画期的な研究と考えています。

 現在は、このデータ収集をした時期と比べると、多くの人々の労働時間が短縮される法改正が行われました。この法改正により、父親が育児に関与する時間が増えることで母親の心理的苦痛が改善されることを期待しています。しかし、本研究が情報収集した父親の労働時間や子育ての状況については客観的な指標ではなく、質問票への自己申告による回答に基づいていることなど、いくつか研究の解釈にかかわるような問題点もあります。今後は現時点の父親の労働時間と育児状況について改めてデータ収集し、本研究の結果が再現できるか検証することで育児期の父親の適切な労働時間を検討する必要があります。

 この研究成果は公衆衛生学研究の国際専門誌「Frontiers in Public Health」に2023年6月27日に掲載されました。

Impact of longer working hours on fathers' parenting behavior when their infants are 6 months old: The Japan Environment and Children's Study

エコチル調査富山ユニットセンター
 2023年7月