エコチル調査でわかったこと

富山ユニットセンターでの
調査進捗状況と主な研究成果

1.はじめに

 エコチル調査富山ユニットセンター(以下、富山UC)は、北陸地方で唯一のユニットセンターである。富山UCでは、富山市、滑川市、魚津市、黒部市、入善町、朝日町に在住する合計5,584組のご家族にご登録いただいた。以下に富山UCでの各調査の実施状況や主な研究成果を紹介する。

2.富山UCにおける調査進捗状況

2.1 全体調査

 富山UCでは、全体調査登録者のうち5,160人(出生児の約95%)が現在も調査に参加中である。対象児は、3年にわたってリクルートし、2020年1月現在、最年長が8歳、最年少が5歳に達している。妊娠中~出産1か月までは、母親自身の状況を問う質問票や、生体資料(母親の血液・尿・毛髪・母乳、児のろ紙血・毛髪)の回収を行った。また、妊娠・出産状況のカルテ転記等も行った。出生6ヶ月からは、年に2回、成長や疾患罹患に関する質問票を郵送にて配布回収し、児の状況を追跡している。生後6ヶ月時の質問票回収率は96.7%で、以降徐々に低下しているが、6歳時までのすべての時期で80%を上回る高い水準となっている。

2.2 詳細調査

 全体調査の参加児のうち約5%を対象とした詳細調査では、家庭内での化学物質曝露量を測定する「訪問調査」、心理士が対面評価を行う「発達検査」、および身体計測や採血、医師の診察による「医学的検査」といった、より詳しい情報収集を行なっている。富山UCでは、現在261人が調査対象である。訪問調査では、対象者宅を1歳6か月時、3歳時に訪問し、室内および屋外の空気中の化学物質や微小粒子などを採取、測定した。また、2歳時、4歳時に医学的検査及び発達検査を行った。今年度より6歳を対象とする医学的検査を開始し、順次実施しているところである。

3.富山 UC における主な研究成果

3.1 全国データを利用した解析

 富山UCでは、1歳時までに収集を終えた全国データを利用することにより、これまでに論文18報が出版または受理されている1)。以下に産前と産後の抑うつに関する二つの研究について述べる。

1)魚の摂取頻度と産前および産後の抑うつ状態

 これまで、魚に多く含まれるω3系多価不飽和脂肪酸(以下ω3)を摂取すると、うつになりにくいとされてきた2)。富山大学では、妊娠中の魚の摂取が妊娠期および産後1か月での抑うつリスクの低減と関連することを報告している3)。さらに時間経過した時点の「産後6か月」および「産後1年」における抑うつ状態との関連を解析した結果、妊娠期に魚をあまり摂取していない群よりも、多く摂取している群で「抑うつ状態」のなりやすさが低減していた4)(図1)。また、ω3摂取との関連でも(魚摂取と比べると弱いながらも)似たような結果が得られている3),4)。本研究の成果レベルを高めるため、今後は臨床的な方法をとるなど様々な角度から魚の摂取と産前・産後の抑うつについての研究を行う必要がある。

図1 妊娠中魚介類摂取量と産後1年の抑うつ状態
図1 妊娠中魚介類摂取量と産後1年の抑うつ状態
2)産後うつと対児愛着

 出産後、自然とわが子に愛情を抱き世話をしたいという「対児愛着(ボンディング)」の感情を持つことができない「ボンディング障害」という症状に苦しむ人が存在している5)。このボンディング障害は、虐待やネグレクトにつながり、子どもの成長や発達にも悪影響を与える場合がある6)。これまでボンディング障害は、産後うつの発症と同時に起こる例が多いことが知られており7)、エコチル調査に参加している母親約76,000人の産後1か月時のボンディングと産後うつの程度を評価8)し、また産後1か月時と6か月時の産後うつと産後1年後のボンディング9)との関連を調べた。
 2つの検討からいずれも、産後うつに対して早期の対応をすることにより、ボンディング障害を予防する可能性があることが示唆された。また、出産・育児経験を経ることでボンディングと産後うつの指標が改善し、とくに育児における「不安」の感情が和らぐことが示唆された。

3.2 追加調査

 富山ユニットセンターでは全体調査のほかに、①戸外活動時間を考慮に入れた、土壌性ダスト(黄砂)による呼吸器/アレルギー疾患リスクの定量的評価(2011年~)、②血中脂肪酸組成と母子の健康に関する調査(2012年~)、③アレルギー疾患・アレルゲン感作と腸内細菌叢の関連に関する研究(2015年~)、④ナノマテリアル曝露と胎児発育不全に関する調査(2017年~)、⑤8歳時学童期の追加調査:母児の骨密度、体格、子の光線過敏症、母のメンタルヘルス(2019年~)の5つの追加調査が行われている。上記のうち①と②に関する論文が発表されているため以下に要点を記す。

  1. 黄砂曝露のアレルギー性疾患への影響
     富山大学、京都大学、鳥取大学の研究グループは、黄砂や黄砂と共に飛来する大気汚染物質が、近年のアトピー性皮膚炎や喘息等のアレルギー性疾患の増加原因の一つではないかと考え、富山、京都、鳥取に住む3,327名の妊婦に、黄砂観測装置(LIDER)の観測値をもとに、携帯電話に配信するアレルギー症状についてのWebアンケートに回答いただいた。その結果、黄砂がより多く飛んだ日には、鼻や目のアレルギー症状が出やすいということが妊婦10)及び出生児11)で明らかになった。
  2. 血中脂肪酸組成と妊娠期のメンタルヘルス
    先行研究や既述の結果のように、ω3摂取不足と妊娠期・産後抑うつとの関連が示唆されたが、食事調査そのものには限界があり、実際に組織中のω3を測定した方が正確である。そこで妊娠前期の血中ω3を測定した結果、エイコサペンタエン酸(EPA)が高さが抑うつのなりにくさと関連していたが、同じω3であるドコサヘキサエン酸(DHA)とは有意な関連は認められなかった12)。また、中後期においてはどの血中ω3とも関連は見られなかった13)。これらの解釈については、妊娠期におけるホルモンバランスの変化や、採血時期のばらつき等が考えられるが、今後さらなる成果の蓄積が必要である。
4.富山UCにおけるフォローアップ

 年齢が進むにつれて、調査からの脱落や回収率の低下が大きな課題となっている。富山UCでは、参加者フォローアップとして「イベント活動」、「広報活動」、「グッズの進呈」、「返送依頼の連絡」などの取り組みを行なっている。「イベント活動」では、イベントの告知や応募を行うと、参加者からの質問票の回収率が増加すること、また、イベント来場経験のある人の調査脱落が少ないことがわかり、学会等での報告も行っている。今後もイベントをはじめとした取り組みを通じて参加者と交流することで、参加者の調査継続に対するモチベーションを維持していきたいと考えている。

参考文献

  1. エコチル調査富山ユニットセンターHP
  2. Freeman, M.P. et al.: J Clin Psychiatry, 67,1954-1967 (2006)
  3. Hamazaki, K. et al.: J Psychiatr Res, 98, 9-16, (2018)
  4. Hamazaki, K. et al.: Psychol Med, in press (2020) DOI: 10.1017/S0033291719002587
  5. Dubber, S. et al.: Arch Womens Ment Health, 18,187-195 (2015)
  6. Muzik, M. et al.: Arch Womens Ment Health, 16,29-38 (2013)
  7. Sockol, L.E. et al.: Arch Womens Ment Health, 17,465-469 (2014)
  8. Tsuchida, A. et al.: J Psychiatr Res, 110,110-116(2019)
  9. Kasamatsu, H. et al.: Psychol Med, 50, 161-169(2020)
  10. Kanatani, K.T. et al.: Ann Allergy Asthma Immunol, 116, 425-430.e427 (2016)
  11. Itazawa, T. et al.: Allergy, in press (2020) DOI: 10.1111/all.14166
  12. Hamazaki, K. et al.: Transl Psychiatry, 6, e737(2016)
  13. Hamazaki, K. et al.: Prostaglandins Leukot Essent Fatty Acids, 114, 21-27 (2016)(2020年3月末現在)

エコケミストリー研究会会誌『化学物質と環境』2020年3月号(No.160)に掲載