―学習と研究の方針―

この講座のテーマは「運動器から考える健康と看護」です。

人間の生命を支える骨格は運動器からなります。運動器が正常に機能することで、私たちは自立した行動を行うことができ、生きる喜びが得られます。一方、高齢化社会を迎えた現在、運動器の障害は必然的に生じ、何らかの介護、看護を必要としている状況が急増しています。運動器は生命の存続には直結しないようにみえても、――人間は動くもの―― 動くことができなくなったらどうなりますか? 実は運動器の健康こそが心身の健康につながっているのです。運動器を健康に保つこと、そして運動器の回復を支援することがその人の健康および生きがいにつながっていくのです。そこでもう一度、運動器の健康という視点で看護学を考えてみませんか?

運動器の障害には疼痛、拘縮、麻痺、切断など様々な症候がありますが、この中で、最もつらいのは「痛み」です。痛みこそが最も人に苦痛を与え、人間の「こころ」までをも変えてしまうこともあるからです。中でも癌性疼痛や慢性疼痛と呼ばれる病態はその人に「うつ」状態を引き起こし、状態不安や性格不安にも相互の関係(心身相関)があります。一方で、この痛みこそが、他者からみて最も判断しにくく、客観的に評価することができにくいものです。しかし、患者さんの痛みは当然理解しなければならない―バイタルサインに匹敵するものとして医療者は心得るべきであり、「運動器から考える健康と看護」へのアプローチを研究する価値がここにあるのです。

骨を強くする、あるいは異常な骨を正常にする―人間の骨の健康を考える上で、骨細胞を活性化させ、骨形成を強化させることは重要です。また小児の骨の癌である骨肉腫を治すことがもしできないのであれば、たとえば代替え手段として癌細胞の性質をなくして、もともとの骨の性質を取り戻し、悪性度を弱めるという方策もあるかもしれません。なぜなら骨粗鬆症や骨の癌というものは「骨分化(骨になること)の停止」という点で実は共通の側面があるからです。どちらも骨として十分機能できる細胞に導くことで解決するのではないでしょうか。このような考え方のもとで、当講座では「骨や肉腫の分化の誘導作用」を研究しています。天然物質(食品成分や漢方薬、きのこなど)、生理活性物質(もともと生体にある物質)、各種ビタミンおよび微生物(ウイルスなど)から成熟骨への分化誘導作用を探究することを実験研究のテーマとしています。これらは将来的に癌予防や骨粗鬆症の予防、あるいは代替医療開発への手がかりになっていくでしょう。すなわち健康寿命の延伸に必要なものとして求められている骨年齢の若返り、すなわち骨細胞や肉腫の分化誘導実験研究、また臨床実践に即したフィジカルアセスメントや疼痛学が当講座の提供する看護基礎科学研究分野です。

 

癌細胞を育ててみよう

―卒業研究―

学部卒論の実験研究では看護棟5階の実験室において、皆さんに癌細胞を育てていただきます。ヒトの骨肉腫細胞をプラステックフラスコで培養し、天然物質(食品成分や漢方薬など)、生理活性物質(もともと生体にある物質)、微生物(インフルエンザウイルスなど)による効果を探索します。癌抑制作用があるという食品成分は本当に効果があるのでしょうか? 骨肉腫細胞にも効くでしょうか? 細胞の増殖力、形態変化、生化学的な機能、分化およびアポトーシス作用など、与えられた一つの物質の効果についてそれぞれの学生がまとめていきます。当面はフラボノイドの中から検索をしていきます。学部の卒業研究から入り、大学院修士課程の研究へつなげていくこともできます。

 

―大学院研究―

修士課程の実験研究では癌細胞を扱うプロフェッショナルを目指します。様々な細胞培養実験に関するスキルを身につけ、科学的な思考力を養います。テーマは「癌細胞の分化誘導に関する基礎的研究」です。骨肉腫その他の癌細胞を扱い、卒論とは異なった高いレベルでの細胞分析学を学びます。新しい細胞遺伝子学的な分析手法を取り入れ、研究結果は英文論文として投稿できるように指導いたします。

 

「足腰の健康」を見つめなおそう

―大学院研究―

修士課程の臨床看護研究では運動器の病態把握の中でも特に重要な「フィジカルアセスメント」を対象とします。これは医師の診断学とは異なり、看護の視点での病態把握に役立たせるための臨床研究です。運動器の中でも特に―自立に最も関係のある部分―「足腰の健康」に注目していきます。国民の有訴者率として最も高い頻度である腰痛、それに関連する下肢の坐骨神経痛やしびれという「からだ」の症状が「こころ」の在り方とどのように結びついているでしょうか? 疼痛とそのケアを考える運動器の疼痛看護をはじめ下肢機能のフィジカルアセスメント方法の開発、意味づけを研究していきます。疼痛を認める患者様(特に、脊椎、骨関節など運動器の慢性痛の患者様、手術予定の患者様)が対象になりますが、「痛みを如何に理解して、分析するか」という点に主眼をおきます。このテーマは特に社会人修士課程の方にとって、自分の経験を生かせるので、取りかかりやすいテーマではないかと考えています。

以上の研究テーマが卒業論文、修士論文の中心になりますが、そのほかにも運動器医療、癌と疼痛の科学、心身相関、人間科学に関連する領域であれば個別に学部学生、大学院学生の希望やアイデアに応じて新たなテーマを模索していきますので直接ご相談ください。

 

大学院修士課程で学んでいただきたいこと

大学で看護学を学ぶということはどのような位置付けでしょうか?それは専門学校の看護教育に比べて、何かがプラスαされていなければなりません。将来の看護教育の中心に立つ人にとって、より高い看護実践能力を学ぶということはもちろん必要です。しかし、そればかりではなく、私は看護学の向上のため医学実験研究の経験、看護学のみならず健康科学にも視点を向けること、国際感覚を身につけるための英語力の向上ならびにリーダーシップを発揮できるための社会感覚(コミュニケーションを含む)などが必要と考えています。特に大学教育の中でしか経験できない実験研究の考え方は生涯においてきっと役に立つ日がくるに違いありません。実験研究は科学であり、そこには再現性、普遍性というものが存在します。一方、看護学は臨床実学であり、人間が相手である以上、かならず例外があり、相手に即して考えていかなければいけないことは周知の事実です。両者は一見異なるように見えるのですが、実は車の両輪と言えるのではないでしょうか? 様々な患者様に対し、一人の看護師として何がプラスできるか? これを養うのがいわゆる教養ということになりますが、この大学で看護学を学んだ証として実験研究を経験するのも一つの選択肢でしょう。 

看護の中に自分らしさを築くには、ケース・バイ・ケースの実例の中からいかに共通項を見つけて自分の経験として体系化するかが重要ではないかと考えます。「看護の中の準普遍性の発見」とでも名付けたら良いでしょうか。このことが理解できて実感できた人とできなかった人において、その満足度の差はきっと大きいのではないかと推測するのですが、この意図はあなたに伝わったでしょうか?伝わった人はぜひその道を進み(実験研究を行い)、伝わらなかった人もこの人間科学講座でゆっくり模索していただきたいと思います。そして自分の研究を通じて、研究(実験研究および臨床研究)の面白さを学んでいただきたいと思うのです。

また、毎週夕刻の大学院授業では基礎看護学演習を通年で担当しています。ここでは私の医師としての経験をもとに医療安全、医療倫理、医療コミュニケーションなど病院現場の問題点や人間(患者様ならびに医師)の考え方を学び、将来の看護師としての糧にしてください。下記の著書には私の経験がまとめられていますので、ご参考にしていただければ幸いです。
(ホームページ内の「進化の足跡」を参考にして下さい。)
 

【著書】

単著:運動器人間科学入門―よりよく生きるための「からだ」と「こころ」の調和―           新生出版 2009年発刊

編集:部位別体位別整形外科手術看護―わたしだけの書き込み式マニュアル―
        南江堂 2007年発刊

 

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