高齢化社会を迎えた現在、アルツハイマー病、脊髄損傷、肝硬変、心筋梗塞などの難治性疾患、血液疾患や糖尿病などの慢性疾患新規治療法開発とともに、変形性軟骨症などの患者のQuality of Lifeを向上させる治療法の開発が望まれるなか、再生医療が新しい医療の形として期待される。再生医療(細胞移植療法)には移植するための細胞、細胞の増殖や分化を制御する増殖因子やサイトカインなどの液性因子、細胞の増殖や分化に必要な微小環境を構成する細胞外マトリックスや人工物などの足場、の三要素が重要である。このうち、細胞として幹細胞の利用が期待される。幹細胞は、各種細胞へ分化する能力を保持し、かつ自己複製能をもつ細胞であり、Embriyonic Stem Cell(ES細胞)、Induced pluripotent Stem Cell(iPS細胞)などが候補とされている。しかし、ES細胞は採取源が余剰人工受精卵や胎児の生殖細胞であることから生命破壊を伴うという倫理的な問題が大きく、未分化細胞の移植がteratomaを発生するというような生物学的な新たな問題、移植時の免疫反応の回避、ドナー細胞の確保など様々な問題が提起されている。iPS細胞は体細胞に遺伝子を導入することによりES細胞様の多分化能を得た細胞であるが、導入した遺伝子により癌化する可能性が高まるというリスクがある。他にも、骨髄由来間葉系幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞など多分化能が示された細胞はいくつかあるが、採取は患者にとって負担であること、体性幹細胞はその数が少なく、移植までの準備期間を考えると移植のための細胞源とするのは難しく、特に急性疾患には向かないなどの問題点が残る。
我々は、これらの問題を解決する細胞供給源として、分娩後に廃棄される羊膜に着目してきた。羊膜は胎児が出産されるまで一時的に存在し、分娩後に廃棄されるきわめて特殊な組織である。羊膜は一層の上皮細胞、基底膜、間質からなる無血管性の薄い膜である。羊水を介し、胎児と接する羊膜は、臍帯の表面を覆い、胎児の皮膚へと連続しており、羊水の産生、分泌のみならず胎児の正常な発育を助ける重要な役割を担っている。発生学的見地からヒト羊膜細胞は受精後8日目に胚盤葉上層が二分して形成され、外胚葉由来の上皮細胞と中胚葉由来の間葉系細胞からなる。このように、羊膜は胎児由来の細胞から形成されES細胞が樹立される時期とほぼ同時に分化する発生学的にはきわめて近い組織であることから、多くの幹細胞が残存する可能性が示唆される。これに基づき羊膜の再生医療への応用が国内外において注目されつつある。他方、古くから羊膜は炎症を抑えると考えられ、熱傷や創傷をはじめとする皮膚疾患や手術の際の被覆剤として医療現場で利用されてきた。最近では眼科領域(眼病、眼の屈折異常など)において角膜上皮再建などに積極的に臨床応用が試みられている。
当教室では、胚性幹細胞と体性幹細胞の両方の性質を持つ羊膜に着目し、羊膜由来幹細胞の性質を明らかにすると共に再生医療の細胞源としての可能性を検討している。また新規開発した乾燥羊膜の臨床応用の可能性を検討している。