Toyama Anatomy

研究1 手綱核の発達と非対称性の進化(一條・中村)

 神経回路の非対称性は脊椎動物で広く報告されており,それは2種類に分類することができます.一つは外界の空間的な非対称性と関連しており,非対称な行動を伴うものです.他方,外界の空間的な非対称性との関連が乏しく,非対称な行動を伴わないものがあります.その代表的な例が手綱核です.手綱核は間脳の背側に在り,終脳からの多様な入力を受け取り,中脳のモノアミン系神経回路に出力し,中枢神経系の全体を調節することが知られている神経核です(図1).脊椎動物において広く保存されているので,生存に必須な神経回路を構成していると考えられます.それに加えて,左右の手綱核の大きさが異なっており,非対称であることは20世紀のはじめから多く報告されてきました.
図1. 手綱核(Hb)の神経回路.Hb は片側の情報を両側に拡げるハブ(hub)として全般的な行動を調節している .

 手綱核は覚醒(waking)と睡眠(sleeping )や概日リズム,報酬(reward)と罰(punishment),脅威(threat)に対する逃走行動(escaping)とすくみ行動(freezing),社会的な葛藤(socialconflict,例えば喧嘩)における勝ち(winning )と負け(loosing),ストレス反応などに関わることが報告されています.手綱核は多様な現象との関わりが報告されている反面,それは雑然としており,その機能の本質をみえにくくしています.私達は手綱核の基本的な機能とその左右性がどの様に進化したかを探索しています.
 私達は報告されている多様な行動のそれぞれに手綱核が特異的に関わるのではなく,行動に含まれる共通要素に関わると考え,それぞれが機能的に両立しない二項対立行動であることを見いだしました.二項対立(binary opposition)はヒューリスティックに世界を定式化して情報を圧縮する機能を担うもので,広範に認められる生得的な性質であると考えられています.機能的に両立しない性質(functional incompatibility)が自然選択圧として働いたときに,並列した神経回路が進化することが指摘されており,手綱核においても並列した回路が脳の右と左に割り当てられる結果,非対称な手綱核の神経回路が進化の過程で選択され,回路の全長が短くシンプルになります.さらに,左右に重複した同じ神経回路をもつことが避けられることも相まって,情報伝達の効率が上がり,適応度が高まったと考えられます.このような理論的な枠組みを出発点として,私達は手綱核の左右性の進化を実験を通じて明らかにすることを目的としています.マウスの手綱核の構造は対称ですが,非対称に機能することを私達は示しました(図2).マウスは複雑な環境の下で柔軟に情報を処理する機能的に非対称な回路を有していると考えられます.種間の進化戦略の違いを理解するために,マウスの手綱核の発達に伴った感受性の変化と,手綱核の左右性を導く上流の神経回路の探索を行っています.

図2. 外側手綱核の左右非対称な活動.神経活動性の履歴を標識する遺伝子導入マウスでは左右が非対称に標識される(矢印:右側の標識,矢頭:左側の標識).

外側手綱核の発達・幼少期ストレス(中村・一條)

 外側手綱核(lateral habenula: LHb)は,間脳背側に位置し,ストレスや嫌悪刺激などの情報を基底核や辺縁系から受け,腹側被蓋野や背側縫線核の中脳モノアミン系神経回路を調節することにより,報酬と嫌悪の情報処理,認知機能と情動を制御していること考えられます.うつ患者では,LHbの過活動が報告されています.げっ歯類の不安・うつ動物モデルにおいてもLHbの過活動がみられます.活動を抑制するGABA 作動薬をLHbに局所投与すると同症状が改善します.これらの所見はLHbの過活動が「不安とうつ」の発症に関与することを示唆します.
 私達は,マウスLHbにおいて,幼少期から成体にかけて,神経回路変化を検討し、LHbが4段階を経て成熟することを示しました。特に、成熟の第2段階(生後10-20日)において、ストレス負荷によって誘導されるLHbの神経細胞活動性が著しく高いことを明らかにしました。
 成熟の第2段階に、毎日繰り返して、母子分離ストレスを与えられた個体を成長後に観察すると、parvalbumin陽性神経細胞が少なく,LHbのストレス負荷刺激に反応する神経細胞活動性が亢進していました(図3)。その個体では成長後に不安とうつ様行動を発症しました(図3)。他のストレスに関連した脳部位では変化が観察されないことから、LHbの特定の細胞の変化が、行動の変容に関与すると考えられます。しかし,生後1-9日あるいは生後36-45日の慢性ストレスが与えられたマウスではLHbのストレス負荷時の活動性の亢進が見られませんでした。本研究結果は、脳が経験などによって、変化しやすい幼少の時期である「臨界期」を想起させます。私達は,「情動に関する臨界期」を理解するために,LHb神経回路の探索を行っています.
図3. 生後10-20日の繰り返しの母子分離ストレスを受けたマウスは成長後に不安・うつ様行動を起こし,外側手綱核のストレスに対する神経細胞活動性が高くなる. 写真の点線内がマウスの外側手綱核.
参照) Nakamura T, Kurosaki K, Kanemoto M, Sasahara M, Ichijo H. Early-life experiences altered the maturation of the lateral habenula in mouse models, resulting in behavioural disorders in adulthood. J Psychiatry Neurosci. 4;46(4):E480-E489. 2021.