エコチル調査でわかったこと

妊娠女性のパートナー男性における長時間労働は精神的苦痛と関連する(エコチル調査より)

 妊娠女性のパートナーは働き盛りの男性が多く、子どもを授かることは喜ばしい一方、新しい家族が増え、父親になることが精神的な負担となる可能性があります。先行研究では、パートナーが妊娠している男性は、一般の男性に比べて2倍程度抑うつが多いという報告があります。
 長時間労働がメンタルヘルスに悪影響を及ぼすことは広く知られています。日本はOECD諸国の中でも、労働時間が長い傾向にありますが、妊娠女性のパートナーの労働時間と精神的苦痛との関連を大規模な集団で解析した研究はこれまでありませんでした。
 そこで、本研究では、エコチル調査に参加している妊娠女性のパートナー男性44,996名を対象に、労働時間と精神的苦痛との関連について検討しました。
 妊娠女性のパートナーの1週間の労働時間は、「平均して週に何日働きますか」、「1日の平均労働時間は何時間ですか?残業時間も含めてお答え下さい」という質問への回答を掛け合わせて算出しました。
 精神的苦痛の評価には、ケスラー心理的苦痛スケール(K6)を用いて算出しました。K6は6項目の質問からなり、合計点数が高いほど、精神的な問題がより重い可能性があるとされています。合計点数が5~12点を「軽度の精神的苦痛あり」、13点以上を「重度の精神的苦痛あり」と判定しました。

 妊娠女性のパートナーの1週間の労働時間は40時間以内が21.6%、40~45時間以内が 13.3%、45~50時間以内が24.1%、50~55時間以内が9.6%、55~65時間以内が16.2%、65時間以上が15.2%でした(図1)。

図1 エコチル調査に参加している妊娠女性のパートナー男性の
1週間の労働時間(2011年1月~2014年3月)の割合

 年齢、BMI、婚姻状況、教育歴、年収、喫煙歴、飲酒歴、病歴、自閉症傾向、職種で調整した最終モデルにおいて、1週間の労働時間が40時間以下の者を基準とすると軽度の精神的苦痛を感じるリスクは、1週間の労働時間が55~65時間以内の者で1.12倍、65時間を超える者で 1.34倍でした。一方、重度の精神的苦痛を感じるリスクは、1週間の労働時間が40時間以内の者と比べ、 65時間を超える者は 1.84倍でした。傾向検定では1週間の労働時間の長さと、軽度・重度の精神的苦痛との間には正の関連が認められました(図2)。

図2 1週間の労働時間別と軽度・重度の精神的苦痛の関連

 以上の結果より、妊娠女性のパートナーは、1週間の労働時間が55時間を超えると軽度の精神的苦痛を、65時間を超えると重度の精神的苦痛を感じることが示唆されました。
 エコチル調査富山ユニットセンターでは、これまで妊娠女性のパートナー(父親)の労働時間が長いことは父親の育児に関わる時間が短くなること妊娠女性のパートナーの育児に関わる時間が短いことは、母親の精神的苦痛と関連することを報告しています。これらの知見から、父親の労働時間を適切に維持することは、父親自身の健康だけでなく、母親や家族全体の幸福度と関連する可能性があります。

 本研究は、日本人の大規模集団(約 4.5万人規模)における解析結果であること、特定の職業に従事する者だけでなく、多くの職種に従事する全国15地域の妊娠女性のパートナーを対象としていることから、信頼性の高い結果といえます。また、データの収集期間は、2011年1月から2014年3月であるため、「働き方改革」以前の労働時間を反映しています。そのため、1週間の労働時間が55時間を超える者が31.4%、 65時間を超える者が15.2%と、幅広い労働時間の者を対象として解析した結果であることは本研究の強みといえます。
 一方、本研究が横断的な調査であるため、労働時間と精神的苦痛との因果関係は明らかではありません。もともと精神的苦痛を抱えている者は、労働生産性が低く、同じ仕事をこなすためにより多くの時間を必要とする可能性があります。また、精神的苦痛と関連する要因として知られている、仕事の内容や質、仕事のコントロール度、仕事以外のストレス、本人の性格等についての情報は得られていません。さらに、労働時間は客観的に測定したものではなく、自記式質問票によるものであることから、正確ではない可能性があります。
 本研究より、妊娠女性のパートナーにおいて、労働時間が長いことは精神的苦痛と関連する可能性が示唆されました。妊娠女性のパートナーは、父親になることや家族が増えることが精神的な負担となる可能性もあることから、職場において労働時間を適切に管理するとともに、父親を支えるサポート体制を構築する必要性があると考えられます。

 この研究成果は、医学系学術専門誌「PLOS ONE」に2025年6月25日付で掲載されました。

Association of long working hours with psychological distress in men with pregnant partners: An observational study from the Japan Environment and Children’s Study.

エコチル調査富山ユニットセンター
 2025年7月

ちょっと詳しく

ケスラー心理的苦痛スケール

 アメリカのケスラーらにより、うつ病・不安障害などの精神的な問題をスクリーニングすることを目的として開発されました。過去1ヶ月の間にどれくらいの頻度で次の6項目があったかを質問しています。 1神経過敏に感じましたか、2絶望的だと感じましたか、3そわそわしたり、落ち着き無く感じましたか、4気分が沈みこんで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか、5何をするのも骨折りだと感じましたか、6自分は価値のない人間だと感じましたか。それぞれの質問に対して、「いつも」「たいてい」「ときどき」「少しだけ」「まったくない」の5段階で回答し合計スコアを算出します。