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社会医学の立場から~社会の健康~

社会医学とは

 日本が、世界有数の長寿国になれたのは、戦後の日本社会において教育水準や経済水準の平準化が進められたことにあると考えられています。実際、欧米諸国の中で、平等主義的な政策をとる北欧諸国は、自由主義的な政策をとる米国や英国よりも、社会経済格差が小さく、教育水準が高く、乳幼児死亡率が低く、平均寿命が長いことが知られています。このように、人の健康は、社会の仕組みや人々の生活と密接な関係にあります。
 社会医学は、人文社会系を含めた広範な学問分野との連携・協働によって、社会の仕組みや人々の生活の改善を通じて、疾病の発生を予防し、「平均寿命」に代表されるような社会全体の健康水準の向上を目指しています。また、保健・医療・福祉・介護における社会制度の構築や管理・運営を通じて、安全で安心な社会の構築に貢献しています。
 人々の生活環境は絶えず変化します。そのため、社会医学が対象とする内容も、時代とともに変化してきました。たとえば、戦後間もないころは、貧困や劣悪な生活環境を原因とする結核などの感染症が多く、その対策が中心でした。その後、日本は、高度経済成長を経て豊かな国となりました。しかし、その結果、肥満、糖尿病、メタボリック症候群、心臓病、脳卒中、がんなどの生活習慣病が増加しました。また、国民皆保険制度が導入されて、国民すべてが平等に一定水準以上の医療を受けられるようになりましたが、その結果として医療費も増加しており、対策が求められています。長寿は幸福なことですが、認知症も増加しています。さらにはグローバル化によって、新型コロナウイルス感染症のような健康問題が発生し、その解決に国境を超えた協力が必要となっています。
 社会医学系の講座では、時代によって変化する社会医学的な課題に対して、富山県や各種団体と連携・協働しながら、調査・研究の実施や施策立案への協力等を通じて社会に貢献をしています。

小児保健領域

 小児保健領域の調査・研究としては、富山県を含む全国15の地域で約10万人を対象とした「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を実施しています。この調査は、子どもをとりまく環境要因が、子どもの健康や発育に及ぼす影響を明らかにするために行うものです。近年、アトピーやぜん息の子ども達が増えていますが、原因を明らかにしない限り、症状を緩和することはできても、根本的な対策をたてることはできません。体に良くない環境要因が明らかになれば、健やかに育つ環境を整備するために役立てることができます。
 また、子どもを対象とした対象者数が1万人規模の調査を複数行っており、睡眠不足が小児生活習慣病のリスクとなることや、インターネット依存やゲーム障害の実態、望ましい生活習慣を持つ子どもの社会経済環境や家庭環境を明らかにしました。
 これらの調査結果は、学校保健施策への反映や地域での講演活動等を介して、子どもの健康づくりに役立てられています。

エコチル調査サマーフェスタ

成人保健領域

 成人保健領域の調査・研究としては、約5千人の地方公務員を対象として、心理社会的ストレスやワークライフバランスの心身への影響を調査しています。この研究は、英国のロンドン大学ユニバーシティ・カレッジおよびフィンランドのヘルシンキ大学との国際共同研究です。
 その結果、日本の労働者は、労働時間が長く、ワークライフバランスが悪いことがわかり、それが日本の労働者の睡眠やメンタルヘルスに悪影響があることが分かりました。日本、英国、フィンランドという国家の体制や保健医療システムの異なる国を比較して類似点や相違点を明らかにすることで、それぞれの国の特徴がよく分かり、疾病対策につなげやすくなります。

高齢者保健領域

 高齢者保健領域では、約1.3千人の富山県の高齢者を対象とした調査において、短い教育歴や肉体労働の職歴、糖尿病などの生活習慣病の既往歴が、認知症の発生リスクを高めることを明らかにしました。また、高齢者の歯の喪失は、偏食や少食を介して筋力の低下や虚弱を引き起こして高齢期の生活の質(QOL)を低下させることから、歯の喪失原因を明らかにしたところ、認知症のリスクとほぼ同様の結果となりました。以上から、高齢者の健康を維持するためには、小児期からの一生涯にわたる分野横断的な施策が重要であることが分かりました。

新型コロナウイルス感染症に関する研究発表で演題賞を受賞

法医学領域

 法医学は科学的で公正な医学的判断を下すことによって、個人の基本的人権の擁護、社会の安全、福祉の維持に寄与することを目的とする学問です。人は突然死、事故、自殺あるいは犯罪によって予期せぬ死を遂げることがあり、このような多様な背景を有する遺体を解剖して死因を究明する業務を行っています。犯罪死の証明によって治安維持に貢献することに加えて、本学の特徴的な活動としては、現代医学の最先端の手法を用いて、肉眼や顕微鏡で病気が特定できない突然死例の遺伝子診断、事故や自殺の背景の原因となっている病気の探索があります。このような活動から解剖結果を死因究明に留まらず、遺族や社会に広く還元することを目指しています。

大医は国を癒す

 中国古代の医書に「小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医は国を癒す」とあります。社会医学は、いわば国を癒す学問であり、「社会の健康」に貢献する学問です。
 そのため、社会医学系の医師は、教育機関で教育や研究に従事している人だけではなく、厚生労働省等の行政機関の医師として国民の健康増進に貢献している人も多くいます。さらには世界保健機関(WHO)のような国際機関で活躍している人もいます。
 社会医学系の講座は「人々の健康」を診ることに加えて「社会の健康」をも診ることができる医師の養成に貢献しています。

【疫学・健康政策学講座 教授 関根 道和】