医学部案内

ごあいさつ

医学部長 北島 勲

 富山県は、標高3000メートル級の山々(北アルプス)から水深1000メートルまで落ち込む富山湾を擁し、標高差4000メートルの河川が豊穣な土地を産み出しています。生命の源である「水」を中心とした「自然と生命の循環」のダイナミズムを実感することができます。また、万葉集に謳われているように四季折々の自然とともに生まれた人々の生活や「おわら風の盆」に代表される伝統文化が脈々と引き継がれている土地柄でもあります。

 自然豊かな富山県中央に学問の府として私たちの「富山大学」があります。医学部は、300年の「富山のくすり」の歴史を背景に、昭和50年(1975年)に、新設医科大学の一つ「富山医科薬科大学」として、富山平野を見下ろす呉羽丘陵に創設されました。創設時から、薬学部・和漢薬研究所(現和漢医薬学総合研究所)と密接に連携し、東西医学の統合を目標に特色ある教育研究活動を展開しています。平成17年(2005年)10月に、富山医科薬科大学、富山大学、高岡短期大学の県内国立三大学が統合され、更なる発展を目指しています。

 杉谷医薬系キャンパスの正面入り口近くの道路わきに、昭和50年に建てられた富山医科薬科大学の創設記念碑が建っています。そこには当時の文部大臣永井道雄氏の筆で、建学理念「里仁為美」の文字が記されています。これは論語からの出典で、「仁におるを美となす」と読みます。その意味は、「心の拠り所をどこに置こうか。それは、他人を慈しむことに置くのが最も良いことだ。」と理解されます。すなわち、患者のこころの痛みが分かり、無私無欲の奉仕精神を持ち、最善の医療技術を提供できるこころ豊かな医療人を輩出することが、「杉谷医療系キャンパス」創立の精神です。この精神は、東西医学両者を学び研究を行うという本学部の精神を具現化したもので、3大学統合後も着実に受け継がれています。

 本医学部は、新設医科大学の先鞭を切り、平成5年(1993年)に看護学科が設立された経緯があります。そこで、医学科学生、看護科学生、薬学科学生が医療人としてともに学ぶ全国でも注目されている特色ある教育プログラム(1年次の「医療学入門」)があります。また、2年次には「和漢医薬学入門」を開講し、伝統的な東洋医学に現代医学の成果を織り込んだ授業を受けることができます。また国際性を身に付けるための教育にも力を入れています。1年次には希望者にニュージランド語学研修プログラムが用意してあります。医学生、看護学生は在学中からアジア諸国、米国(本土、ハワイ)、英国、オーストラリアなどで医療研修できる制度があり、多くの学生が国際性を身に付けるために武者修行に出かけています。また、韓国の忠南大学からは医学生が本学臨床実習に参加していますし、中国(北京、上海、重慶、大連、内モンゴル)の大学、タイのチュラロンコン大学、ロンドン大学などと学術交流協定を結び、医学教育の相互交流を行っています。大学院では東西医学の融合に魅せられて多くの学生が留学し相互交流が進んでいます。

 今、日本の医学教育は大きな変革期にあります。国際的な医学教育水準を確立し、維持するために2023年までにわが国の医学部全ては「分野別認証評価」を受審し、外部評価を受けなければならないことが決まっています。2015年9月に富山大学医学部は全国で7番目に新設大学では先陣を切り最初に受審しました。講評として、伝統ある本医学部の特色や各教員の教育に対する熱心な取り組みが評価されました。一方では、一層の教育組織・体制の強化が求められました。気を引き締めてより高いレベルを目指した教育改善に努めてゆく所存であります。

 研究では世界レベルの生命科学の先端研究を行なっています。知的クラスター事業「とやま医薬バイオクラスター」、同「ほくりく健康創造クラスター」、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究事業「情動発達とその障害発症機構の解明」などが採択され、その研究成果を世界に発信しています。特に、和漢薬(東洋医学)の臨床研究、脳科学分野、内分泌・免疫系の先端的基礎研究、再生医療などで、世界レベルの研究成果をあげています。

 北陸新幹線が開業し、東京から2時間少しで映画のワンシーンに登場する大パノラマの麓で勉学に勤しむことができます。美味しい魚で栄養を摂りながら、医療人としての強靱な意志と豊かな感性を培えます。和漢医学が目指す全人的でかつ国際的感覚を身に着けた医療人として巣立てるように私たちは準備しています。皆さんと杉谷キャンパスでお会いできることを願っております。

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